引退セレモニーにも駆けつける…「フォークを使えるようになりたいんです」千賀が忘れぬ8年前の吉見への恩

2020年11月22日 10時50分

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ソフトバンクの千賀と自主トレを行った吉見=2017年1月16日、久留米市野球場で

ソフトバンクの千賀と自主トレを行った吉見=2017年1月16日、久留米市野球場で

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渋谷真コラム・龍の背に乗って


◇21日 日本シリーズ第1戦 巨人 1ー5 ソフトバンク(京セラドーム大阪)
 セ・リーグ2冠の菅野とパ・リーグ3冠の千賀とのマッチアップ。軍配は千賀に上がったが、苦しみ抜いた7イニング、118球だったはずだ。
 6日の吉見一起の引退セレモニーに、千賀は石川とともに駆けつけた。レプリカユニホームを着て、19番のボードを掲げて最後の勇姿を見つめていた。義理堅い2人に心打たれたが、意外ではなかった。何年か前、全国放送のニュース番組で「3人の恩人」について語る千賀を見ていたからだ。まずは自らの才能を誰よりも早く見いだしてくれた地元のスポーツ店主。次が代名詞の「お化けフォーク」を止め続けてくれる捕手の甲斐。「なるほどな」と思って見ていたら、3人目が吉見だった。
 出会いは2012年1月、福岡県八女市。そう。菅野に今季の新フォームを提案した鴻江寿治トレーナーの下での合同自主トレだ。前年の吉見は最多勝&最優秀防御率。千賀はといえば、育成選手として入団し、2年目を迎えるところだった。中日のお膝元、愛知県蒲郡市出身とあって、もともと吉見へのあこがれを抱いていた千賀はのちにこう語っている。
 「フォークを使えるようになりたいんですって、僕が相談したんです。吉見さんは(同僚の)浅尾さんのやり方も含めて教えてくれました。言う通りにやっていたら、ある日突然、落ちるようになったんです」
 吉見が覚えているのは2つ。「これが育成なのか」とポテンシャルに驚いたこと。そして「フォークは投げ分けるのが大事だよ」と伝えたことだった。
 握りをまねれば同じ球を投げられるほど甘くはない。先人の教えを自分の感覚に置き換えられた者が伸びていく。それでも千賀が忘れぬ8年前の恩。ただ、巨人が総力を挙げて研究してきたのだろう。この日のお化けは徹底して見切られた。落としても落としても振ってはもらえず、浮いたところをフェンス際まで飛ばされた。耐えて、粘った無失点。8年がたち、日本のエースに誰もが思う。これが育成だったのかと。
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