<長良川と生きる 河口堰運用25年>(5)関連資料を集める岐阜大教授

2020年11月21日 05時00分 (11月21日 13時05分更新) 会員限定
保管している長良川河口堰の資料に見入る富樫教授=岐阜市柳戸の岐阜大で

保管している長良川河口堰の資料に見入る富樫教授=岐阜市柳戸の岐阜大で

  • 保管している長良川河口堰の資料に見入る富樫教授=岐阜市柳戸の岐阜大で
 岐阜大(岐阜市)の地域科学部は、初めて「地域」の名前を冠した国立大の学部として一九九六年に発足した。現在は、長良川下流域の生態や長良川河口堰(ぜき)(三重県桑名市)に関係する地理学の研究者が所属する。
 九五年に本格運用が始まった河口堰と歴史をほぼ同じくする同学部の行政情報を保管する地域資料・情報センターには、長良川河口堰にまつわる資料が移動式書架の複数列にわたって保存される。
 膨大な量の資料を集めたのは、同学部教授の富樫幸一(64)だ。富樫は八二年から東京大大学院理学系研究科でコンビナートを研究していた。当時の日本は高度成長期を過ぎ、石油ショックも経験。地域開発の伸びは鈍化していた。
 コンビナートでも工業用水をリサイクルして使うなど環境に配慮した運営が進んでいた。三重県の四日市コンビナートも例外ではなかった。河口堰の大きな目的の一つには周辺地域の利水もあるが、富樫は「大量の水を必要としなくなっているのに、長良川河口堰が計画を見直さないのは疑問だった」と話す。
 そう考えていた八七年、教養部の講師として岐阜大に赴任。その翌年に河口堰本体が着工した。富樫は教養部の有志で...

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