玉泉寺のロシア人墓地 文化審議会、史跡に追加答申

2020年11月21日 05時00分 (11月21日 05時03分更新)
史跡に追加指定するよう答申された玉泉寺のロシア人墓地=下田市柿崎で

史跡に追加指定するよう答申された玉泉寺のロシア人墓地=下田市柿崎で

  • 史跡に追加指定するよう答申された玉泉寺のロシア人墓地=下田市柿崎で
 国の文化審議会は二十日、下田市柿崎の国指定史跡・玉泉寺のロシア人墓地を史跡に追加するよう文部科学大臣に答申した。幕末に国内初の米国総領事館が置かれた寺の本堂などは一九五一年に史跡になったが、ロシア人墓地は指定されていなかった。 (山中正義)
 墓地は、寺の敷地内にある初代米国総領事タウンゼント・ハリスの遺品などを展示するハリス記念館の裏山の中腹にある。高さ二メートル以上の三基の墓石が横一列に並び、脇に慰霊碑が一基立つ。幕末に、日露和親条約に基づき、四人が埋葬された。
 そのうち三人は、条約締結などのためプチャーチン提督を乗せて一八五四年に下田港に入港した軍艦「ディアナ号」の乗組員。同年の安政の東海大地震による津波で船が大破・沈没した際、水兵一人が大砲の下敷きになって死亡した。母国へ帰るための西洋式帆船「ヘダ号」の建造中には、さらに水兵と下士官が亡くなった。
 四人目はヘダ号で帰国したプチャーチンが五八年に再度、下田へ来港した際に使った軍艦「アスコルド号」の乗組員。埋葬後は十字架の木柱のみが建てられ、墓石がなかったため長年、氏名など詳細が分からなかったが、その後の調査で判明した。慰霊碑は寺の先代が建てた。
 墓地は駐日ロシア大使や留学生らも訪れ、友好のシンボルにもなっているという。村上文樹住職(70)は「灯台下暗しで、下田でも知らない人がいる。追加で脚光を浴びるといい」と語った。
 文化審議会は、磐田市見付の特別史跡・遠江国分寺跡の指定範囲追加も答申した。

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