<長良川と生きる 河口堰運用25年>(3)三重・桑名の赤須賀漁協

2020年11月19日 05時00分 (11月19日 05時01分更新) 会員限定
「今は前を向いて、若い組合員の生活を考えたい」と話す水谷さん。仕事場の船着き場からは、長良川河口堰が見える=三重県桑名市で

「今は前を向いて、若い組合員の生活を考えたい」と話す水谷さん。仕事場の船着き場からは、長良川河口堰が見える=三重県桑名市で

  • 「今は前を向いて、若い組合員の生活を考えたい」と話す水谷さん。仕事場の船着き場からは、長良川河口堰が見える=三重県桑名市で
 長良川河口堰(ぜき)(三重県桑名市)の近くで十年ほど前から毎年、生態系を調べる団体がある。岐阜県や愛知県などの市民団体でつくる「よみがえれ長良川実行委員会」。船を出し、案内をするのは河口堰ができる前から調査を続ける小学教諭の千藤克彦(59)=岐阜市=だ。
 千藤は、河口堰で下流部の潮の満ち引きが緩やかになり、干潮時に陸地となって表れる部分が減ったと指摘。「ヨシ原など汽水域の植物が年々減っている。農閑期に河口堰を開門し、川の流れを取り戻すべきだ」と訴える。
 反対運動が多かったように、今も河口堰の存在に疑問を持つ人は少なくない。しかし、かつて反対運動に身を投じていた人の中には、河口堰も含めた川の現状を受け止めようとする人も多い。
 河口堰近くの赤須賀漁協(桑名市赤須賀)の組合長を務める水谷隆行(56)もその一人だ。開門を求める主張に対しては「何を今更」と憤る。
 河口部でヤマトシジミを取る漁師が多い同漁協は、河口堰の影響を心配し、最後まで建設に強く反対していた。水谷は漁師だった父に憧れ、同じ仕事を志した。だが、当時は既に河口堰の建設計画が浮上。両親に猛反対された。「みんな河口堰の影響を心配して...

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