「サッカー行こう」行ってみたら野球体験会…“だまされて”始めて大学エースに成長した168センチ右腕

2020年11月18日 11時09分

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愛知東邦大の野田晃誠投手

愛知東邦大の野田晃誠投手

  • 愛知東邦大の野田晃誠投手
◇愛知東邦大硬式野球部 野田晃誠投手(4年・大垣日大)
 2001年創部の愛知東邦大硬式野球部が、今秋の愛知大学野球2部リーグで初優勝した。入れ替え戦は敗れ、悲願の1部初昇格こそならなかったが、躍進の原動力となったのがエースで主将の野田晃誠投手(4年・大垣日大)。身長168センチの小柄な右腕は社会人で野球を続ける予定で、これまで縁がなかった全国舞台での活躍を夢見ている。
 大学時代は2部暮らし。だが、リーグでは評判の実戦派投手だった。直球は最速141キロ。球速が出るわけではないが、打者の内角にストライク、ボール球を投げ分ける制球力と武器のカットボールを駆使して、大学最後のシーズンとなった今秋は7勝。2部優勝決定戦で日本福祉大を破り、初優勝した。入れ替え戦では東海学園大に敗れたものの、「歴史を変えることはできた。4年間の成果」と胸を張る。
 ターニングポイントとなったのが、3月にあった西濃運輸(岐阜)とのオープン戦。内角を思い切って攻める持ち味を存分に発揮し、9回途中まで被安打6、1失点。試合も2―1で勝利した。
 「調子も良く、前日から気合も入っていた。ちょうど、いろいろなことも重なったので…」
 試合が行われたのは、思い出が詰まった母校・大垣日大高のグラウンド。しかも、高校の恩師である阪口慶三監督(76)も観戦していた。「先生の姿を見ただけで身が引き締まる」。見られている緊張感も、いい方向に作用したようだ。
 野球を始めたのは6歳の時。学生時代に野球部だった父に「サッカーの体験教室に行こう」と連れられて行ったのが、実は野球の体験会だった。「だまされたんです」と笑って振り返るが、すぐに野球にのめり込んだ。
 進学した大垣日大高では、1年夏の岐阜大会から控え投手としてベンチ入り。だが、優勝して出場した甲子園ではメンバーから漏れた。後輩に好投手がいたため、3年時は三塁手に転向。最後の夏はマウンドにも上がったが、結局、甲子園の土は踏めなかった。
 投手に戻った大学では大きな出会いがあった。愛院大元監督で優勝経験豊富な田中洋さんが、2年時からコーチに就任。野田は主力投手として、高い意識を求められた。
 「自分が投げるときは負けられないという責任、自覚が芽生えた」。ちょうどその頃から「大学で野球を終えるのはもったいない」と社会人で野球を続ける目標を掲げた。日々の練習をより大切にするようになり、昨冬は2カ月で2万球の投げ込みを敢行。変化球を中心に、持ち前の制球力にさらに磨きがかかった。
 夢がかない、卒業後は東海地区の社会人で野球を続ける予定。「全国大会に出たことがないので、都市対抗、日本選手権で日本一になりたい」。次の目標は社会人で長く野球を続けることだ。
 ▼野田晃誠(のだ・こうせい) 1998(平成10)年10月17日生まれ、愛知県一宮市出身の22歳。168センチ、70キロ、右投げ右打ち。小学1年で北方少年野球クラブに入団。中学時代は稲沢シニアでプレー。大垣日大高では1年夏からベンチ入りし、3年春から背番号5。愛知東邦大では1年春からリーグ戦で登板した。

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