惨状伝える 集落跡保存を 100年前スペイン風邪流行 大野・面谷 

2020年11月17日 05時00分 (11月17日 09時46分更新)

 曽祖父死亡の木下さん コロナ禍を憂い

 鉱山の町として栄えながらも、百年前にインフルエンザのスペイン風邪流行で廃村に追い込まれた大野市面谷(おもだに)集落。鉱山で働く大黒柱が罹患(りかん)し死亡したため、市街地への移住を余儀なくされた家族があった。深い雪に覆われる冬を前に十五日、一家の末裔(まつえい)が現地を訪れ、当時起きた悲劇や「第三波」が押し寄せる新型コロナウイルス感染症の現状に思いを語った。 (山内道朗)

スペイン風邪で亡くなった曽祖父らが暮らした集落跡から鉱山(奥)を見ながら思いをはせる木下さん=いずれも大野市面谷で

 集落跡を訪れたのは同市日吉町の木下大悟さん(38)。鉱山で銅を掘っていた曽祖父の柳瀬平吉さんが死亡し、家族は妻と、木下さんの祖母杉本寿美(すみ)さんら娘三人の女性だけになり、鉱山町での生活ができなくなったという。

鉱山が閉鎖された当時の状態で残る精錬所の遺構

 集落の火葬場跡には、スペイン風邪の惨状を後世に伝える石碑が立つ。一九一八(大正七)年十月中旬から十一月までの一カ月半で千人いた住民のほとんどが感染。十分な医療が受けられず、一割近い九十人が死亡したと記されている。
 「風邪のような症状で油断していたところに感染が広がり、住民らも訳が分からん状況の中で人が次々に死んでいった。ひいじいちゃんも家族がバタバタしているうちに息を引き取った」。杉本さんは生前、十歳のときの経験を孫の木下さんに話していた。毎年一緒に出掛けた墓参りでは「祖母は集落跡に入ると口数が少なくなった。当時を思い出したのだろう」と振り返る。
 木下さんは幼い頃から聞かされていた惨状を、感染拡大する新型コロナウイルスと重ね合わせる。「最近は公共施設に入るときに手指消毒をしない人が増えた。油断が生じている」。面谷の悲劇が再び繰り返されるのではと心配する。
 未知のウイルスとの遭遇に警鐘を鳴らすためにも、願うのは集落跡の保存。面谷は当時、大野市街地にもなかった電気が通り、劇場などもあって「穴馬の銀座」と呼ばれるほど栄華を極めた。山の斜面にびっしりと家が立っていたことを示す石垣や神社の跡、鉱石から銅を抽出した精錬所の施設の床に使われたれんが、鉱石運搬用のトロッコの枕木などの遺構が残る。
 安価な海外の銅に押され、鉱山は二二年に閉鎖。熟練作業員らの命を奪ったスペイン風邪の流行で集落は終焉(しゅうえん)を迎えた。木下さんは「今後も未知のウイルスに脅かされることが考えられる。ウイルスによって繁栄した集落がなくなることを忘れないために集落跡の保存は必要」と訴える。その上で「集落から出た人の一族は代替わりを重ね、面谷への気持ちも薄れてきている。集落跡に眠る祖先の尊厳を守りながら、保存に乗り出すには今が最後かもしれない」と話した。

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