「銭取駅」100年前の情景 浜松の住民が写真や案内掲示

2020年11月11日 05時00分 (11月11日 05時02分更新)
大正3年に開業した浜松軽便鉄道の銭取停留場=浜松市提供

大正3年に開業した浜松軽便鉄道の銭取停留場=浜松市提供

  • 大正3年に開業した浜松軽便鉄道の銭取停留場=浜松市提供
  • 銭取駅跡の歴史資料の掲示を見る畠山嗣道さん(左)と下村哲生さん=浜松市中区住吉で
  • 元城駅跡から銭取駅跡までは現在、遊歩道・サイクリングロードとして親しまれている=浜松市中区住吉で
 大正初期から昭和三十年代まで住民の足として親しまれた浜松軽便鉄道奥山線。「銭取駅」があった中区住吉の住民が、駅舎跡付近の掲示板に当時の写真や案内文を添え、百年前の街の情景を伝えている。 (久下聡美)
 奥山線は、大正三(一九一四)年十一月に元城−金指間の約十五キロが開通。同十二年に、板屋町−奥山間の二五・七キロで全面開通した。第一次世界大戦による好景気に沸いた当時は、機関車二両に客車二両を連結し一日八往復運行したという。
 銭取駅は現在の住吉三丁目にあった無人駅。線路を挟んだ東側には県立蚕業学校(現・県立浜松城北工業高)の桑園が広がっていたという。昭和二十六年から二年ほど幼稚園へ通うため乗車していた住吉自治会長の畠山嗣道(つぐみち)さん(75)は「学校や職場へ向かう人でにぎやかだった。母に連れられて乗ったのは幼い頃の良い思い出」と振り返る。
 自動車の普及などに伴い同三十九年に奥山線は廃線に。住吉では宅地開発が進み、「銭取駅跡」をしるす木柱は平成後期に姿を消したという。
 畠山さんらは、当時の駅付近の様子を伝えようと、現在は遊歩道になっている銭取駅跡に案内を設置。浜松市から提供を受けた開通当時の歴史資料や貴重な写真の写しなどを掲示している。住民の下村哲生さん(71)は「徳川家康に由来する珍名の銭取駅跡を訪ねる歴史好きの方は今も多い」と話す。畠山さんは「時代とともに街の風景は変わるが、多くの人に愛された鉄道がここを通っていたことを伝えていきたい」と語った。

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