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名人の金言は「こだわるな。武道も芸術も人生も」

2019年5月1日 10時20分

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 電話で話してから、2日後の昼時、私は高松市観光通りの八匠館の古ぼけた看板の前に立っていた。恐る恐る戸を開けると、小柄な老人が涼しげに立っていた。眼光は鋭いが、どこか温かみのあるオーラが漂っていた。

「よー来たねー」と猪熊さん。私は20畳はあろうかと思われるけいこ場と隣接する談話室に通された。あれこれ、世間話をしつつ、早速、取材にとりかかると「そばでも食わんかね」と達人。「あ、ハイ」と遠慮のない私。すると、猪熊さんはガスに火をつけ、そばをゆで始めた。ほぼ百歳の老人に食事の準備をさせるのは、いくらなんでも気が引けたが、言葉に甘えることにした。それほど、猪熊さんの身のこなしに無駄がなく自然であった。やがて、目の前にゆで上がったそばとつゆが置かれた。すっかり、図々しいお客と化した私は、さも当たり前のようにそばをすすりながら、インタビューを始めた。

 14人家族で雑魚寝で暮らした貧乏な幼少期。小学校を卒業すると、父の鍛冶屋を手伝い、家計を助けた。武術に興味のあった猪熊さんは戦後間もない1949年に八匠館を創設。昼は肉体労働で日銭を稼ぎ、夜は道場の2足のわらじ。そして、1963年に道場経営専業に。ブルース・リーブームの波に乗ったこともあったが、浮き沈みを経て、今に至る。

 そもそも、どういった経緯で道場を?
「よー、覚えん。なんの弾みかな。祖父は柔術の使い手だったが、手ほどきを受けたとかはない。奈良から来た人にお寺で棒術をちょこちょこ習ったのを自分なりにこなしたりな。柔剣道もな。君は(戦中戦後の)ヤミ米って知っちょるか?ヤミ米を奪おうとした2人組を会津から来た人が空手の技であっという間に倒した光景を見て、その人に頼み込んで教えてもらったり。それも、ちょこちょこっとね。あとは、自分なりにこなして創造していきました」

 猪熊流は体系的に習ったのではなく、いろんな人に断片的に習い、創意工夫で自分でつくり上げたもんなんですね。実戦で使ったことはあります?
「何回も。決闘も2回ほど。ま、ルールがないからね(ニヤリ)」

 け、け、決闘? 先生、怖すぎます(笑)。今でも練習します?
「毎日。30分ほど。こうやって足上げたり(軽やかに膝蹴りの動作)、肩動かしたり。持久力は衰えてるけど、瞬発系は今が一番あるねえ」

 指導方針は?
「指導はよーせんのです。一緒にやる。逆に生徒に教わることもある。悪いところは直さない。しているうちにいい形になるね。個性、くせも洗練されていけば、それが、技になるんです」

 たとえば、猪熊流には型はあるんですか?
「3000近く作りました。生徒が覚えたら、ワシは忘れる。こだわらん。こだわったら、あかん。窮屈や。疲れる。人間が伸びん。自分で創造するんです。無限です」

 そんな話をしていると、猪熊さんはおもむろに「風は自在で風化する。風の付く日本語は風景とか風流とか2000以上。台風は恐ろしいけど。夏の風は心地いい。風は不思議と物事を教えてくれる」と言いながら、墨で「風心」と書いた字をみせてくれた。

 先生、達筆だなあ。どこで、習いました?
「習う? そんなもの教わったらアカンよ! 字は書いて、書いて、書いていくうちに、自分の字になる。うまい、へたやない。しよるうちに近づいていく。世の中、こだわりが多すぎる。なんでも、あーせないかん、こーせないかんが多すぎる。こだわったら、すなわち、きゅう屈や。こだわった瞬間にいき詰まる。人生も武道も芸術も一緒や」

 さらに、某銀行のカレンダーにも採用されたマジックで書いたと思われる女性の横顔も「3分で描いた」と言いながら見せてくれた。

 わあー、よく見ると、女性の横顔だ! 芸術です!先生、天才じゃないですかあ!?
「しよるうちに、みなそうなる。みなな」(微笑)
気が付くと、4時間が過ぎていた。朝4時起きで東京から新幹線を乗り継いできた私は軽い疲労を覚えた。しかし、目の前の達人は涼しい顔で戦時中の話からトランプ大統領がどうの、メジャーのマエケンがどうしたなどと、世界情勢からスポーツ界まで語り始め、無制限一本勝負の様相すら呈してきた。その無尽蔵の知力、体力に圧倒された私に、さらなる底無しの、「猪熊ワールド」が待ち受けていた。
 
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