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巨人・坂本の偉業はこうして始まった…初安打は満塁策後の“怒りの全直球” から「流石に抑えられると…」

2020年11月9日 11時05分

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12回表2死満塁、巨人のルーキー坂本(左)に勝ち越しの2点適時打を打たれ、ぼうぜんと打球方向を見つめる高橋=2007年9月6日

12回表2死満塁、巨人のルーキー坂本(左)に勝ち越しの2点適時打を打たれ、ぼうぜんと打球方向を見つめる高橋=2007年9月6日

渋谷真コラム・龍の背に乗って

 「2000」への道にも始まりはある。巨人・坂本に「1」を打たれた元投手にリモートで話を聞いた。
 「よく覚えていますよ。あの時の僕は、ちょっと怒っていましたから」
 現在はオンラインでの野球塾を主宰している高橋聡文さんが振り返ったのは、2007年9月6日(ナゴヤドーム)。1―1のまま、延長12回にもつれ込んだ。高橋さんは1死二塁で登板。「怒っていた」理由は、2死満塁で投手への代打・坂本に打たれるまでの経過にある。
 「指示が敬遠だったんですよ。2者連続。8球連続ボール。僕は左で勝負したかった。でも、もう代打が18歳のルーキーくらいしか残っていないからということでした」
 高橋由伸、小笠原道大、阿部慎之助という強力な左打者が並ぶところで登板した。意気に感じる場面だが、高橋を左飛に打ち取った直後に伝えられた満塁策。球威で勝負するタイプだったから、塁が埋まれば内角を攻めづらくなる。そして左打者との勝負を避けられ、少なからずプライドも傷ついた。捕手が立っていなかったため、記録上は敬遠ではなく四球。怒りの左腕は「150キロ出たのを覚えています」と笑った。全力で外したのは無言の抵抗だった。
 「とはいえ、さすがに抑えられると思いましたよ。全球ストレートです。初球(ボール)、2球目(見逃し)とタイミングが全く合ってなかったですし。ところが(3球目のボールをはさんで)4球目(ファウル)には対応してきたんです」
 そして5球目を詰まらせたが、センター前に落ちた。144キロ。「敬遠でエネルギー使い果たしちゃいました」と舌を出した。
 「まあ、今となっては思い出ですね。そういうすごい打者に打たれたからこそ、こうして名前を出してもらえるわけですから」
 プロ初安打は許したが、坂本とは通算10打数2安打、3三振。力で押し、対等以上に渡り合った証しだ。

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