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ヤクルト連敗脱出劇のヒューマンな裏側。そして、私は、勝利の女神となった!!

2019年6月3日 11時34分

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 16連敗中のヤクルトのリーグワースト記録更新のかかった2日の横浜戦を見に横浜スタジアムに足を運んだ。誤解をしてほしくないが、連敗とか乱闘と聞くと、どうしても血が騒ぐ。濃密な人間ドラマが凝縮されているからだ。

 1990年代に黄金時代を築いた野村ヤクルトも大型連敗にはまった。神宮球場で金網越しに男性ファンが「野村、辞めろ~」と声をからしてやじると、野村監督が応戦。希代の知将がいかに冷静に応じるかと固唾(かたず)を飲んで見守ったら「ヤクルトの帽子をかぶってるファンならしっかり応援しなさい!」と至極、普通な説教で私は思い切りずっこけた。当時、60代だったノムさんが自分のふがいなさに「年齢を聞かれたら、12歳ですと答える」と力なくつぶやいたこともある。キュートな一面だ。ある監督は群がるカメラマンに「人の不幸を撮って、そんなに面白いか!」と激怒したという。人間味があふれて好きなエピソードである。

 さて、今季初のヤクルト取材。練習前、ヤクルトベンチを訪れると、顔見知りの担当記者が「勝利の女神か!?」と地獄に仏の反応を見せた。気のせいか、落ち武者感がビンビンに漂っていた。気の置けない球団関係者は「記録更新の歴史的瞬間を見に来たんですか?」といじけたように私を横目で見た。連敗中にかなり性格も屈折したようだ。「何をおっしゃいます。激励に来たんです」と私が言っても「スタンドでビール飲みながら、娘さんと試合観戦ですよね?」と疑い深い目で信じてくれなかった。しかし、アップをする選手の顔を観察すると、ピリピリ感がない。これも、チームカラーなのか。

 宮本ヘッドコーチがいたので「意外と選手に悲壮感ないですねー」と能天気な印象を告げた。すると、宮本コーチの頬がピクピクと震え、ムッとしたように見えた。デリカシーに欠ける空気を読まない言葉のチョイスだったかもしれない。居心地の悪い、沈黙が永遠に続くと思われた。愛想笑いのまま私はハニワのように固まった。約5秒間の沈黙の後、宮本ヘッドが口を開いた。「悲壮感がないわけないですよ。みんな、明るく振る舞っているだけで、つらいと思う。動きも硬い。ボクもボクではない気がする。注意すべきことがあっても、今、言うべきか。後で言うべきか。迷いますもん」。舌鋒(ぜっぽう)鋭い鬼コーチが仏に変貌していた。選手への言葉は愛情にあふれていた。

 と、ここで、鋭い視線を感じた。土橋守備走塁コーチがアイコンタクトを投げかけてきた。私もアイコンタクトを返した。お互いシャイな性格で、現役時代から約30年ほど顔見知りであるが、実は、ほとんど話したことがない。言葉は要らない。アイコンタクトだけで分かり合える仲なのだ。チーム状況を聞こうと、近づくと「なんか、年々、若くなっていくね。昔の方が(髪ボサボサ、ヒゲボーボーで)年食って見えたなあ」とニヒルな笑みを浮かべて練習に戻っていった。調子の狂った私はしばし、ボンヤリと立ち尽くした。でも、寡黙なクールガイの声が聞けて良かった。

 小川監督は元気なのか。ふと、気になった。通り掛かった小川監督に「お久しぶりです。私が流れを変えに来ました!」と調子のいい声をかけた。すると、「なんとかしてください」と足を止めてくれた。眠れない夜を過ごしているのか。目の下にクッキリとクマができていた。「仕方のないことだけど、何年ぶりのワースト記録とかいろいろネガティブなことを新聞に書かれたり、言われたりすると、負の意識が選手に植え付けられていく。それが、一番、怖い。オーダーが固定できずに、選手が戦いやすい環境をつくってやれないのは、申し訳ない」などと丁寧に応じてくれた。そして、ふと、思い出したように「そう言えば、お宅の後藤記者からメールもらったんだよね。ほら、昔、ヤクルトの担当記者だった。こういう状況だから、激励メールだけど。まだ、返信してないんだ。返信しないとなあ」と言いながら立ち去った。取材熱心な後藤記者にも感心したが、どんな時も、人をぞんざいに扱わない、イイ人・小川の真骨頂を見た思いがした。応援したくなる人だ。

 試合はヤクルトの完勝であった。ワースト記録更新の歴史的瞬間は見られなかったが、勝利の女神になれて良かった。逆に連勝中に行って負けると、疫病神扱いされるから気をつけよう。

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