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物議かもす甲子園球場の土 その意外すぎる行き先は

2019年8月15日 20時53分

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夏の甲子園が真っ盛りな中、ある有名格闘家が「高校野球で負けて砂を持って帰る高校生とそれを収めるカメラマン。なんか、いろいろ気持ち悪い…」などとツイッターでつぶやいて一部で議論を呼んだ。空気を読まない、神経を逆なでする意見のように思う人もいるかもしれないが、言われてみると、なるほど、それも、一理あり、と私は思った。球児の汗と涙にウソはないが、毎度、お約束のように報じられるシーンに感動の押しつけがないとも言い切れない。感じ方、見方はいろいろあっていい。
「甲子園の土なら、私、持ってるよ。うちの家宝だよ。実家の神棚に飾ってあるよ」。突然、告白したのは、うちのカミさんである。ロッテの井口監督と国学院久我山高校時代の同級生。井口監督が高2の夏、甲子園に出場した時に、遠い日のカミさんもアルプスで青春を爆発させた。惜しくも1回戦で敗れたが、大会後、野球部員に甲子園の土をお裾分けしてもらったという。
28年の月日が流れ、久我山はその夏以来の甲子園出場を果たした。カミさんに過ぎし日の青春がよみがえった。そして、あの甲子園の土の知られざる後日談も最近明かされた。カミさんの母によってその甲子園の土は東海大相模の原辰徳(現巨人監督)がきっかけで熱烈な高校野球ファンになった祖母にもお裾分けされていた。そして、カミさんが二十歳の時、祖母が亡くなった際、ひつぎに白い紙に包まれた甲子園の土も収められたという。人それぞれの思いがある。その思いが宿った時、その土はスペシャルなものになる。
ある日の夕方、私は自宅近くの川沿いを愛犬と散歩していた。犬も歩けば棒に当たるというが、犬と歩けば甲子園球児に出会うこともある。新装なった駒沢大学野球部グラウンド。その周辺を野球部員達がごみ拾いや草取りをやっていた。すれ違うたび「こんにちわ!」と元気よくあいさつしてくれる部員達。気持ちがいい。まるで、自分が野球部OBになったかのような錯覚すら覚える。その中の1人が「ワンちゃん、かわいいすね」と近づいてきた。   
職業病だ。スイッチの入った私は気づいたら路上インタビューを始めていた。「今、甲子園やってるけど、君は甲子園の土を持ってる?」と聞くと、その青年は「チームメートの誰よりもバッグに詰め込みました。詰め込みすぎて、審判に注意されたくらいです(笑)。持ち帰った土は小瓶に分けて飾ってあります。甲子園の土は絶対、必要です!」と力を込めた。もう1人の青年は「ボクも甲子園出ましたが、土は持ち帰りませんでした。土のために野球やってるわけじゃないので」とさわやかに笑った。やっぱり、人それぞれ。それでいいのである。「うん。そうか、そうか」と私は勝手に満足して犬の散歩を続行した。甲子園常連校出身の元甲子園球児は、名乗ることなく夕日の向こうに立ち去ったナゾの散歩男(私のこと)を「何者?」という感じで不思議そうな顔で見ていた。
今は少し、心が汚れちまって全く思わないが、子供の頃の私は、どうしても甲子園の土がほしかった。九州のド田舎出身で甲子園は遠い存在だったため、代わりにどの球場でもいいから土がほしくてたまらなくなった。約半世紀前、小学低学年の遠足で県営球場の見学に出掛けた際、そこの火山灰まじりの土を後ろポケットにしのばせて、帰りのフェリーで友達に見せびらかしたが、反応は薄かった。それでも、しばらく、勉強机の引き出しにしまっていたのだが、「思い」がなかったからか、いつしか、その存在は忘れてしまった。あの土はどこへ行ったんだろう―。
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