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真っすぐに伸びない右腕…沖縄水産元投手・大野倫さん あの頃に戻っても「投げる」。でも、俺のような投手は…

2019年8月16日 18時00分

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大野さんは腕が真っすぐに伸びなくなった=2015年1月、沖縄県那覇市で(平野梓撮影)

大野さんは腕が真っすぐに伸びなくなった=2015年1月、沖縄県那覇市で(平野梓撮影)

右腕はどんなに伸ばしても、真っすぐにはならない。1991年、夏の甲子園に沖縄水産のエースとして出場した大野倫さんは、沖縄大会前から感じていた右肘痛を我慢して甲子園決勝まで1人で投げ抜いた。大会直後にはく離骨折が見つかり、手術でビー玉ほどの大きさの骨を摘出した。
「痛い、と言えば投げさせてもらえないのは分かっていた。肘が壊れる覚悟はあった」。かつて取材したときに大野さんは、そう振り返った。大野さんは打者としてプロ入りは果たしたものの、2度とマウンドに立つことはできなかった。
その2年後から甲子園開幕前の投手の肩、肘検査が始まった。重大な障害が見つかれば出場にストップがかかる。高校球界で初めて投手のケアに目が向けられるようになったのだ。なのにいまだに毎年のように投手の酷使が話題にのぼる。今夏も大船渡・佐々木朗希(3年)の登板回避に賛否の声が上がった。私はあまりの過熱ぶりに首をかしげたくなった。
あの夏がなければ、憧れのプロのマウンドに立てていたのかもしれない。「でもそんな考えはすぐに消している。考えれば考えるほど、落ち込んでしまうから」と大野さんは言った。そうだとしても、もう一度、あの夏に戻れたらどうしますか。ちょっと残酷な質問だったのかもしれないが、即答してくれた。「いや、投げるよ。甲子園を目の前にしたら、投げたいって思うのは当たり前だから」
けれども「もう俺のような投手は見たくない」とも言った。当時の自身の決断を否定できないまま、10代で投手生命を絶たれた苦しさを今でも抱えている。確かにそんな投手はもう、見たくはない。(平野梓)

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