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「フライングフィン」が帰ってくる ハッキネンが鈴鹿10時間耐久で6年ぶり復活ラン

2019年8月22日 18時00分

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8月6、7日に鈴鹿でテスト走行をしたミカ・ハッキネン(左)。鈴鹿10Hで一緒に組む久保田克昭と笑顔で握手(鶴田真也撮影)

8月6、7日に鈴鹿でテスト走行をしたミカ・ハッキネン(左)。鈴鹿10Hで一緒に組む久保田克昭と笑顔で握手(鶴田真也撮影)

今週末は久しぶりにレースに復帰する元F1王者のミカ・ハッキネン(50)=フィンランド=を注目してほしい。出場するのは23日に三重県・鈴鹿サーキットで開幕するインターコンチネンタルGTチャレンジ第4戦「鈴鹿10時間耐久レース」(鈴鹿10H)。3人組で「マクラーレン720S GT3」をドライブする。
8月初めに鈴鹿で行われたテスト走行を取材させてもらった。彼と再会するのはF1を引退した2001年以来だと思う。「20年近く前に取材したけど、覚えてる?」と尋ねると、「おまえ、すごく肥えたな」といきなりつっこまれ、たじたじになってしまった。「ミカもかっぷくが良くなったのでは」と言い返したかったが、できなかった。体が締まっていたからだ。
ハッキネンは昨年の日本GPにゲストとして招かれ、旧型のF1マシンのデモ走行を披露した。その時に遠目で拝見したが、おなかがぽっこりと出た中年体形に一変していた。ところが今回の鈴鹿10H参戦が決まり、体を思い切り絞ってきたという。複雑に組まれたロールケージの間を器用に体を折り曲げてコックピットに収まる姿はまさにトレーニングを積んできた、たまものだ。
日本GPでは決勝翌日に宿舎にしていた鈴鹿サーキットホテルを必ず直撃取材した。マクラーレンで1998年、99年と2年連続チャンピオンに輝き、その後もミハエル・シューマッハーと激しいバトルを繰り広げた。高木虎之介が99年にF1を離れ、現在のように日本人ドライバーが不在の時代だったが、紙面を大いに盛り上げてもらった。
日本GP決勝後の夜はログキャビンと呼ばれる丸太小屋のカラオケハウスに選手やチーム首脳陣が集まって朝まで飲み明かすのが定番。ハッキネンもチェックアウト時はヘベレケ状態だったが、必ず陽気に取材に答えてくれたので、ありがたい存在だった。
初めてインタビューしたのは僕がF1担当になって間もない1996年の日本GPの直前だったと思う。その前年の最終戦オーストラリアGPで大クラッシュ。頭部を強打し、1カ月半の入院生活を強いられた。一時は再起不能とまで言われたが、96年の開幕戦に不死鳥のごとくよみがえった。当時のインタビューでも「良かった。まだ生きているよ」と自虐ジョークを飛ばしたほどだ。
でも、結果的にF1引退を早めた原因があの大クラッシュだったというのは最近になって耳にした。後遺症で右耳が聞こえづらくなり、顔の半分にしびれが残ってしまったという。それをずっと隠しながら、第一線で活躍し、チャンピオンまで取ったのだから恐れ入る。
ハッキネンはF1引退後も競技生活を続けた。母国のラリーにも出場したし、DTM(独ツーリングカー選手権)にもメルセデスからレギュラー参戦した。ただ、最近はレーシングドライバーとしては活動しておらず、実戦は2013年に中国・珠海で開催されたGTアジアにゲスト参戦して以来、6年ぶりとなる。全盛期に「フライングフィン」の愛称で呼ばれた男の復活ランが楽しみでならない。(鶴田真也)

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