本泉寺から検地打渡状 加賀地方4例目、金沢市が発見

2020年10月31日 05時00分 (10月31日 10時03分更新)
加賀藩から本泉寺に送られた検地打渡状の原本=金沢市提供

加賀藩から本泉寺に送られた検地打渡状の原本=金沢市提供

  • 加賀藩から本泉寺に送られた検地打渡状の原本=金沢市提供
  • 東本願寺が本泉寺に阿弥陀仏像の設置を許可した文書=金沢市提供

加賀藩との関係示す史料も

 金沢市二俣町の本泉寺で、江戸時代に加賀藩から同寺に土地の調査結果について知らせた文書「検地打渡(うちわたし)状」などが新たに見つかった。三十日の市文献史料調査指導委員会で市側が明らかにした。 (小川祥)
 市は、市内の寺院などに残る文献史料の文化財的価値を明らかにするため調査を行っている。本泉寺では昨夏から計四十三回の調査を実施してきた。
 見つかった検地打渡状は、一六一六(元和二)年に加賀藩から発行された原本。検地打渡状は、村ごとに土地の広さや石高などを調べる検地の結果を記した文書で、藩からその土地の所有者に渡される。原本が見つかるのは珍しく、加賀地方では四例目だという。
 本泉寺が藩から土地などを与えられ、特権を持っていたことを示す文書の写しも見つかった。加賀藩前田家との深いつながりがうかがえるという。検地打渡状とともに木箱に同封されていた。
 このほか、京都の東本願寺が本泉寺に阿弥陀仏像の設置を許可した文書も見つかった。本泉寺が東本願寺から重視されていたことを示す史料で、東本願寺の坊官粟津右近から送られた。
 市は、本泉寺の調査で見つかった約二千三百点の史料の電子化作業を進めており、来年度末には同市金石下本町の本龍寺の史料調査結果とともに報告書にまとめる。

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