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1軍可能性ある 本気の覚悟持て 中日育成2位指名 高岡出身・上田投手

2020年10月28日 05時00分 (10月28日 05時03分更新)
中日に育成2位指名され、笑顔でポーズを取る上田洸太朗投手=名古屋市の享栄高で

中日に育成2位指名され、笑顔でポーズを取る上田洸太朗投手=名古屋市の享栄高で

ボーイズで指導 干場さんが激励

 26日のプロ野球ドラフト会議で中日から育成2位で指名された高岡市福岡町出身の享栄高校(名古屋市)3年、上田洸太朗投手(18)。小学校、中学校の少年野球チームで指導した監督がプロの世界に飛び込む上田投手に激励の声を寄せた。 (武田寛史)
 中学時代に所属した高岡ボーイズで指導した干場崇永(たかひさ)監督(48)=元千葉ロッテマリーンズ選手、氷見市出身=は、中学二年の秋に中日スポーツ杯日本少年野球中日本秋季大会に向けた北陸地区の壮行大会でノーヒットノーランを達成した時から球質が急に変わったのを覚えている。「中学三年で日本代表として世界少年野球大会に出場した時には、同年代では打てないボールを投げていた」と振り返る。「左腕であれだけの球が投げられるのは貴重。スライダーは独特でまねできない。ボールの出どころが見づらい投球が武器になる。一軍の可能性は十分にある」と素質を認める。
 干場監督は上田投手と野球ノートをやりとりしていた。体の使い方やピッチング法などに興味を持ち、監督が薦めた本を読み、自分の考えを書いていたという。「自分で納得したことはしっかりと徹底して学ぶ選手。プロの練習をすれば球速も伸びる。これから学ばなければならないことはまだまだある」と言う。
 厳しいプロ野球の経験から干場監督ならではの助言も。「育成枠の三桁の背番号の世界は毎日毎日、心が折れるぐらい厳しく甘くない。最初の一年間で背番号を支配下登録の二桁にするという本気の覚悟を持つことだ。一軍に上がって、ようやく苦労が報われたと思えるまでしっかりと練習してほしい」
 高岡市福岡小学校三〜六年生時に入っていた福岡ヤングホークス時代に、監督として教えた今方(いまかた)順哉さん(47)=高岡市スポーツ少年団野球部会事務局長=は「指導した子からプロに行くのは初めてのことで感慨深い。今まで教えてきた選手たちには『テレビで活躍を見せて』と言ってきたが、上田投手がテレビで見られる日を楽しみにしたい」と喜ぶ。
 上田投手が小学六年生の時に、同じチームで病気で亡くなった同級生がいたことも明かし「その同級生の分までプロで力を発揮してほしい」と思いを託す。

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