中日春秋

2020年10月27日 05時00分 (10月27日 05時01分更新)
 広島で被爆した歌人山本康夫は、十三歳だった息子をなくしている。壊れた家の中で息絶える姿を『皮膚のない裸群』という詩にした。『日本原爆詩集』に収められている。<その夜私の息子は…「お浄土には羊羹(ようかん)があるの? そして/お浄土には戦争はないね……」とつぶやいて/ぴくりと息を引きとった>
▼戦争のない世界を思いながら、その少年が旅立って七十五年がたつ。こちらに原爆はもうないよ。浄土にそう告げることができなかった七十五年でもある。ようやく、報告することができたのかもしれない
▼核兵器の保有や使用を禁じる核兵器禁止条約の発効が決まった。必要とされる五十カ国・地域の批准は、難しいとも思われていた。が、採択から三年あまりで、五十番目となる中米のホンジュラスの批准により来年一月の発効が確定した
▼核兵器は決して「必要悪」ではない、いかなるときも悪である。そんな考え方が、まだ一部ではあるけれど、地上に正式に根を下ろしたということであろう。一歩踏み出したよ、と少年には告げられそうだ
▼核保有国は今も「必要悪」と考えているようで、大量の核兵器をなかなか手放さない。核の傘の下にいる日本も条約に背を向ける
▼「オブザーバー」の資格で条約にかかわる道もあるそうだ。手を合わせながら、踏み出す一歩にわが国も加わるよ、と報告できないものか。

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