弥生時代の生活、見て感じて 11月、清須に「朝日遺跡ミュージアム」

2020年10月27日 05時00分 (10月27日 05時02分更新) 会員限定
11月22日に開館するあいち朝日遺跡ミュージアム(右)。竪穴住居や水田なども復元されている=清須市で(県提供)

11月22日に開館するあいち朝日遺跡ミュージアム(右)。竪穴住居や水田なども復元されている=清須市で(県提供)

  • 11月22日に開館するあいち朝日遺跡ミュージアム(右)。竪穴住居や水田なども復元されている=清須市で(県提供)
  • 朝日遺跡のジオラマやアニメ映像が見られる展示室のイメージ図=県提供
 県は二十六日、弥生時代最大規模の集落遺跡、朝日遺跡の歴史を知ることができる「あいち朝日遺跡ミュージアム」を十一月二十二日に清須市朝日貝塚に開設すると発表した。つぼ形で楕円(だえん)形の穴が開いた「円窓付(まるまどつき)土器」や赤色の顔料を塗った「赤彩(せきさい)土器」など、二〇一二年に国の重要文化財に指定された貴重な出土品が常設展示される。 (浅井俊典)
 県文化芸術課によると、清須市と名古屋市西区にまたがる朝日遺跡は、周囲に堀を巡らせた環濠(かんごう)集落遺跡。最盛期の二千年前には八十万平方メートルの土地に、約千人が暮らしたとされる。一九七〇年代以降の発掘調査で、先のとがった木の枝を外に向けて並べた柵「逆茂木(さかもぎ)」などの防御設備が全国で初めて出土し、弥生時代に争乱があったことを示す貴重な発見となった。
 朝日遺跡の成り立ちや変遷はこれまで清須市の県清洲貝殻山貝塚資料館で紹介してきた。しかし築四十年以上で老朽化が進み、重要文化財を保管するための湿度管理などができる設備がなかったことから、施設を拡充する目的で県がミュージアム建設を計画していた。新施設では、これまで県埋蔵文化財調査セ...

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