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新たな流派を立ち上げてかれこれ40年…極真空手出身の後輩2人は今も競技への熱さめず【山崎照朝コラム】

2020年10月26日 15時57分

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 誘ってくれた食事会で空手への思いを語る佐藤勝昭(右)と東孝塾長

 誘ってくれた食事会で空手への思いを語る佐藤勝昭(右)と東孝塾長

 空手は「寸止め」が全盛のころ直接打撃のルールを提案し、フルコンタクトの先駆者となったのが大山倍達で、主宰した極真空手はブームとなった。そのフルコンタクトもグローバル化につれてルールも変化し、新たな流派も生まれた。王道流空手道を創始した佐藤塾宗師の佐藤勝昭(74)や総合格闘技の大道塾を創設した東孝(71)がそうだ。
 佐藤塾長は寸止めと直接打撃をミックスした「ポイントアンドノックアウト」を1985年に立ち上げ、全日本選手権大会を開催してきた。今年が35回の予定だったが、コロナのため来年3月21日に延期された。
 また東塾長は打撃だけでは飽き足らず投げや関節技、絞め技を採用し、総合の「空道」を81年に創始。大会も同年に立ち上げた。予定された今年の大会はこちらも来年1月16日に延期に。会場はともに代々木第二体育館の予定だ。
 二人は極真空手出身で、私の後輩にあたる。今月中旬、彼らから食事の誘いがあった。私は引退後はサラリーマンを選択したため、会うのは両塾長がそれぞれ主催する大会の取材会場くらい。極真を離れて約40年。今では後輩から誘いを受けることはめったになく、それだけにうれしかった。ともに武道一筋の男でもあり実に楽しいディナーになった。
 以下、敬称は略させてもらうが、佐藤は兄・龍夫さんと私が道場で親しかったこともあり、入門時から何かと気にとめてきた。
 東もしかり。私が指導担当の時に池袋本部に出稽古に来ていた。当時、大学にあった極真の空手部は添野義二師範が城西大に創部したのが唯一。そこに東が早稲田大に極真の空手部を創部したと聞いて驚いた。佐藤と東には格闘家として共通点も多く、ともに柔道3段の黒帯だった。
 佐藤は180センチの長身と約90キロの体重を武器にパワフルな組手が入門時から際立っていた。71年の第3回全日本選手権で初優勝し、75年に開催された初の世界大会も制覇。極真のエリートコースで活躍した。85年に「ポイントアンドノックアウト大会」を立ち上げたのも、引退後を見据えてのことで、既に独立色を強めていた。
 一方、佐藤の後輩にあたる東は、東北人の辛抱強さを秘めておりメンタル面でも異彩を放っていた。下段蹴り(ローキック)を得意とし、相手のディフェンスを重戦車のごとく蹴りまくる猛者だった。77年の第9回全日本選手権で優勝し、世界大会にも第1回から出場して6位。4年後の第2回大会は4位と大活躍。巨漢の外国勢を相手に徹底した圧巻のローキックで観客をうならせた。
 引退後の81年に出身地の仙台市で空手道「大道塾」を設立。東北を中心に「北斗旗大会」を主宰するなど選手の育成にも定評がある。その後、手による顔面、投げ攻撃をさらに進化させて絞め技をルールに加えた総合の「空道」を誕生させ、海外への普及に努めており、組織のグローバル化に意欲を見せている。
 大会は来年に持ち越しとなったが、両塾長とも指導を後継者の子息に指導を任せ、最近は稽古の環境作りに力を入れているようだ。佐藤は9月に千葉県勝浦市に合宿が出来る宿舎を併設した佐藤塾本山「王道館」をオープンさせた。「通常の稽古のほか特別セミナーやさまざまなスポーツ合宿が出来るようになっています」とのことだ。
 今も夢を追い続ける佐藤と東。元気な後輩に私も元気を頂いた食事会だった。感謝!!。
(格闘技評論家)

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