<MIKAWAサーチ>(3) 「豊橋市」の由来は?

2020年10月26日 05時00分 (10月26日 13時09分更新) 会員限定
豊橋市の市名の由来になった「豊橋」=豊橋市下地町で

豊橋市の市名の由来になった「豊橋」=豊橋市下地町で

  • 豊橋市の市名の由来になった「豊橋」=豊橋市下地町で
  • 吉田藩日記の翻刻本。「豊橋」「今橋」「関屋」の3案があったことが記されている=豊橋市美術博物館で
 ええじゃないか「豊橋」−。豊橋総局に赴任して一年がたった。豊橋にも愛着が湧いてきたきょうこの頃、「豊橋市」という地名の由来が気になっている。江戸時代までは吉田藩だったのだから、「吉田市」でも何らおかしくない。気になると、そればかり考えてしまう性分の記者が地名の謎に迫ってみた。 (酒井博章)
 漫画の神様、手塚治虫展を開催中の豊橋市美術博物館。にぎわう会場から少し離れた事務所で待っていると、久住祐一郎学芸員(歴史学)が封筒を運んできた。見せてもらおうとしたその時、突然、「鉛筆はありますか」と尋ねられた。記者の手元には水性ペン数本のみ。「古い史料の閲覧時にインクが飛んではいけないので鉛筆を使ってくださいね」。鉛筆を貸してくれた。
 封筒の中には古めかしい「日記」が一つ。明治二(一八六九)年に書かれた吉田藩日記だ。「その日にあった出来事を記録係が書き留めたもので、日記というより日誌」と久住さん。この中に市名の由来に関する重要な事実が記されているのだが、達筆すぎてさっぱり分からない…。結局、一から解説をお願いした。
 久住さんによると、...

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