本文へ移動

小倉隆史から続くエースの系譜…四中工の“背番号17”を背負う宮木優一 「このチームを全国に行かせたい」

2020年10月21日 11時04分

このエントリーをはてなブックマークに追加
東海プリンスリーグで背番号17をつけドリブル突破を図る四中工・宮木優一(右)=9月、愛知県豊田市のトヨタスポーツセンターで

東海プリンスリーグで背番号17をつけドリブル突破を図る四中工・宮木優一(右)=9月、愛知県豊田市のトヨタスポーツセンターで

◇羽ばたけ中部勢

 全国高校サッカー選手権大会は各都道府県大会が各地で始まり、熱戦が繰り広げられている。選手権出場34回を誇る名門・四日市中央工高(四中工)の伝統のエースナンバー「17」を今年背負うのが3年の宮木優一(18)。名門校のエースに求められる役割は「チームを勝たせる仕事」。高校サッカー最後の晴れ舞台を目指し、24日に迎える三重県大会初戦に臨む。
 練習から声を出し、チームを引っ張るその姿勢にエースの風格が漂う。宮木は周囲の特長を生かしてチームの攻撃を指揮しながら、自らゴールを狙うこともできる万能型のアタッカーだ。四中工の17番は小倉隆史さん(元名古屋グランパス監督)らが背負った伝統のエースナンバー。「17はチームを勝たせる仕事をするのが当たり前だし、それが自分の使命」と、強い決意を口にする。
 三重県出身の宮木にとって、四中工のユニホームは小さいころからの憧れだった。中学3年生の時、高校1年生が中心となる国体の三重県選抜に飛び級でメンバー入り。森夢真(沼津)ら四中工の先輩選手たちとプレーした。選抜チームの監督として指導にあたった四中工・伊室陽介コーチの目に留まり四中工入りが決定。憧れは現実のものになった。
 宮木は1年生からメンバー入りし、選手権にも出場。順調に高校サッカーを滑りだしたかに見えた宮木を、苦難が襲う。「自分がやらなければ」という気持ちが空回りし、これまでできていたプレーができなくなった。時にはベンチ入りメンバーからも外されるなど、どん底を経験。それまで甘えのあった宮木の意識は変わり、苦しい練習で妥協せずに自分を追い込んだ。選手権を前にした紅白戦で猛アピールしてポジションを奪還。迎えた2度目の選手権では全試合に先発してベスト8入りに貢献した。大会終了後、最高学年となる宮木に言い渡されたのが背番号17の継承だった。
 17番を渡された当初、宮木の背番号へのこだわりはそれほど強くはなかった。最後の選手権が近づくにつれて胸中にこみ上げたのは、「コロナでサッカーができなかった分、このチームを全国に行かせたい」という思い。四中工で17番を背負う意味が、宮木の中で確かに生まれた。
 当初は高校卒業直後のプロ入りを考えていたが、コーチ陣の助言もあり進学を決意。大学サッカー経由でプロ入りを目指す。「1年生から試合に出て、3年生で特別指定に入れるような結果を残したい」。目指すは大学在学中のJリーグデビュー。大志を抱いた伝統校のエースが、高校サッカー最後の舞台でチームをけん引する。
▼宮木優一(みやき・ゆういち) 2002(平成14)年8月15日生まれ、三重県名張市出身の18歳。177センチ、69キロ。小学校1年生から本格的にサッカーを始める。中学はFC Avenidasolに所属し、中学3年時に1学年上が主体の16歳以下の三重県選抜入り。四日市中央工高入学後、1年から出場機会をつかみ、2年冬の選手権では4試合全てに先発して1得点。四中工の8強入りに貢献した。

関連キーワード

おすすめ情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ