正しい知識と理論を 寺井高野球部・丸山大輔監督(40)

2020年10月19日 05時00分 (10月19日 10時20分更新)
ベンチから身を乗り出し、選手に助言を送る丸山大輔監督=金沢市の県立野球場で

ベンチから身を乗り出し、選手に助言を送る丸山大輔監督=金沢市の県立野球場で

  • ベンチから身を乗り出し、選手に助言を送る丸山大輔監督=金沢市の県立野球場で
 「まず打球判断。慌てない。やることをやろう!」。秋季北信越高校野球県大会で三位に入賞した寺井(能美市)。ベンチには、大声で選手を鼓舞する丸山大輔監督(40)の姿があった。球児のようにグラウンドを見つめるまなざしの裏には中学、高校時代の挫折がある。「自分のような選手にならないでほしい」
 埼玉県出身。高校時代は早大本庄(同県)で白球を追った。初めて夏の県大会でプレーしたのは三年になってから。チームは二回戦で敗れ、自身は無安打のまま終わった。横浜高の同学年・松坂大輔投手(現西武)らが活躍した甲子園は、雲の上の世界だった。
 中学時代の自己流の練習が負担となり、膝を故障。高校でも存分にプレーできない悔しさが残った。「正しい野球の知識と理論を子どもたちに伝えたい」。自然と指導者を志すようになった。早大教育学部に進み、野球部の門をたたいた。
 名門野球部の同学年には和田毅投手(現ソフトバンク)、一学年後輩には鳥谷敬内野手(現ロッテ)や青木宣親外野手(現ヤクルト)ら実力者が勢ぞろい。自身は対外試合に出る機会がなく、指導者への夢を強くした。
 その道を一歩進んだのは大学四年の夏。創部二年目で甲子園に出場した石川代表・遊学館(金沢市)の活躍に心を奪われ、大会後すぐ練習見学に出向く。遠心力や重力など物理的な理論を基に選手を伸ばす指導に刺激を受け、山本雅弘監督(69)に「弟子入り」を申し出た。大学卒業後の二〇〇三年、コーチに就いた。
 その後内灘中でも野球を教え、〇八年に金沢商業高に赴任。監督に就いた一四年秋の県大会でチームを優勝に導くなど、指導者として経験を重ねてきた。
 寺井の監督に就いたのは今年四月。キャッチボールで本格的に導入したスタイルがある。球を受ける前に「来い」。受ければ「ナイスボール!」。投げ返した直後に相手の名前を呼んで声を発する。早大時代、「一球の大切さ」を説いた当時の監督・野村徹さんの下で体に染みついた。
 「過去の一球が駄目でも、未来の一球に気持ちを向けるのが大切。一球一球の積み重ね」と丸山監督。大学時代は無我夢中だったが、声を発すれば上半身の緊張が解け、柔軟に体を動かせる効果があることにも、指導者になってから気づいたという。
 ベンチで声を張るのも訳がある。「野球は反応のスポーツ。起こり得ることは先に選手に伝え、次の動きに備えてほしい」と願うから。夏の県大会は昨年逃した一勝を挙げた。秋の県大会は準決勝で星稜に0−6で敗れたものの、四回までは相手打線を0点に抑え、踏ん張りを見せた。
 さらなる躍進へ。選手に求めたいのは「個の力」だ。「『ルパン三世』のアニメのように、作戦会議をしなくてもピンチで助け合える関係が理想。互いに尊重して、皆が自分の力にチャレンジしてほしい」 (阿部竹虎)
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 監督やコーチにもドラマがある。経験を重ね、学びを得たからこそ、教え子のため、勝利のために伝えたいメッセージがある。そんな県内のスポーツ指導者を随時、紹介する。

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