岐阜城で昨年出土の軒丸瓦 安土城以前の可能性

2020年10月19日 05時00分 (10月19日 05時00分更新) 会員限定
軒丸瓦の文様の違いを解説する内堀主幹=岐阜市宇佐の県図書館で

軒丸瓦の文様の違いを解説する内堀主幹=岐阜市宇佐の県図書館で

  • 軒丸瓦の文様の違いを解説する内堀主幹=岐阜市宇佐の県図書館で
 岐阜市教委が昨年行った岐阜城周辺の発掘調査で、市文化財保護課の内堀信雄主幹が十八日、同市宇佐の県図書館で開かれた研修会で研究成果を発表した。天守閣西側から出土した瓦が当初の分析より古く、織田信長が一五七六年に築城を始めた安土城(滋賀県近江八幡市)より前のものである可能性を指摘した。
 市教委は昨年十二月、岐阜市の金華山(三二九メートル)山頂にある岐阜城で、信長時代の工法で築かれたとされる石垣を発掘。建物の軒先を飾る軒丸(のきまる)瓦も出土したが、当初は信長が安土城に移った後、岐阜城に入った嫡男の信忠の時代以降のものと考えられていた。
 内堀主幹は、軒丸瓦のうち、先端部分の円板状の飾りを他の城と比較。明智光秀が安土城築城前の一五七二年に築いた坂本城(大津市)の文様とよく似ていた。同じ文様だと、同じ瓦職人が製造したと推定できるという。
 内堀主幹は「安土城の文様とは異なっており、信長の築城当時の瓦の可能性が高くなったのではないか」と語った。
 定説では、城郭に本格的な天守が造られたのは安土城が初めてとされるが、市教委の調査は、石垣の発掘で先に岐阜城に天守閣を築いていた可能性を示した。 (稲田雅文...

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