<湖国の現場2020> 湖東焼、後世に残そう

2020年10月18日 05時00分 (10月18日 05時01分更新) 会員限定
再興湖東焼の創作を続ける中川さん=彦根市芹橋で

再興湖東焼の創作を続ける中川さん=彦根市芹橋で

  • 再興湖東焼の創作を続ける中川さん=彦根市芹橋で
 江戸時代後期から明治時代にかけ、国内最高レベルの焼き物が彦根でも作られていた。湖東焼だ。七十年弱と、窯の歴史は短かったものの、名品の数々が生まれた。彦根が誇る文化を後世に残すべく、彦根市芹橋で再興湖東焼作家・中川一志郎さん(62)は、現在も文化の火を守り続けている。
 「手仕事でこれ以上の仕事はできないと思わせる究極の職人技」。青や赤色の絵の具で、繊細な絵が施されたさかずきなど、当時の湖東焼作品が並ぶ棚を前に、中川さんは目を細める。
 湖東焼の起こりは一八二九年、古着商人の絹屋半兵衛が窯を開いた時にさかのぼる。四二年には井伊家十二代直亮(なおあき)が彦根藩直営の藩窯(はんよう)に。茶の湯に造詣の深かった十三代直弼は窯の経営に情熱をささげ、自らさかずきの下図を描き、職人に作らせるほど入れ込んだ。
 藩窯として黄金期を迎えるも、六〇年に桜田門外の変で直弼が亡くなると、状況は一変。縮小を余儀なくされ、六二年に民間に払い下げ。その後も制作は続けられるも、九五(明治二十八)年に幕を閉じた。
 彦根城博物館によると、湖東焼は、瀬戸焼や有田焼、九谷焼など、全国の職人を招き発展。絵付けの技法も、藍色で表現し...

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