平田オリザさん コロナ禍と「エンパシー」 異なる価値観に思いはせてみる 

2020年10月17日 05時00分 (10月17日 11時10分更新)
「エンパシーを身に付ける教育が必要」と話す平田オリザさん=兵庫県豊岡市で

「エンパシーを身に付ける教育が必要」と話す平田オリザさん=兵庫県豊岡市で

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リスク議論したか 不要不急とは何か


 新型コロナウイルスの感染拡大は以前に比べて落ち着き、社会活動が活発化してきた。一方で「第三波」の可能性も指摘される。長期化するコロナ禍に向き合い続けるにはどのような心の持ちようが必要なのか。演劇を通じて社会の問題点をあぶり出す劇作家・演出家の平田オリザさんに聞いた。 (聞き手・小原健太)

◇ ◆ ◇

 日本人は無謬(むびゅう)性(誤りがないこと)を重んじる傾向があります。(途中で間違いに気付いても)計画を変える柔軟性がない。従ってゼロリスクを求めがちです。コロナ禍では科学者の出してきた数字を絶対化し、リスクに対してまっとうな議論ができませんでした。
 合理化を推し進めた結果、人文系の学問が弱いのが今の日本社会です。フランスでは社会的な問題について、市民が劇場に哲学者を呼んで、議論する風潮があります。日本でも科学的な数字を基に、皆でリスクとどう向き合うか考えていかねばなりません。本来は政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会にも、宗教学者や心理学者、文化人類学者が入っているべきです。
 教育学の世界に「エンパシー」という言葉があります。異なる価値観を持った人の行動に対して、その理由や背景を推測する態度や努力、技術です。欧米では学校教育で身に付けるべき力とされています。
 よく学生に考えてもらうのですが、「『医療が切迫しているから不要不急な手術はやめて』と言われたとき、不要不急な手術とは何か」と。大体挙がってくるのは美容整形ですが、それは外見ですごく苦しんでいて、必死に貯金をして、ようやく自分らしく生きられる時が来たのかもしれません。そういうことに思いをはせるのがエンパシーです。演劇で他者を演じてみるとよく分かります。
 日本人はとても優しい民族でシンパシー(同情心)は強く、他者の状況を自分事として捉えるのは得意ですが、異なる文化的背景の人を想像して理解する力は弱いように思います。これまではほぼ単一の文化、民族、言語だったので困らなかったのですが、これからは価値観の多様化に追いつく教育が必要です。
 ただ、今の政治はそうなっていません。一時期、知事たちは「夜の街に行くのを控えて」と訴えていましたが、これはとてもあいまいで危険性を含んだ言葉のように思えます。カラオケや居酒屋、ホストクラブが生きがいの人もいるのに、そこに全く思いをはせなかった。その結果、「そんなものは我慢できるだろう」という認識が広がり、「自粛警察」の遠因になったと思います。
 夏には帰省の是非が話題になりましたが、孫を抱っこするのは重要なことだと思います。不要不急とばっさり切り捨てるのではなく、リスクとてんびんにかけた上で各自が判断するのが大切です。
 エンパシーを広めるには根本的には教育の改革が必要です。政治家が対立をあおるのではなく、異なる価値観や文化的背景を持った人に思いをはせるよう訴え続けることで、少しは近づけるかもしれません。(談)

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