リニア着工6年 水循環専門の稲場名誉教授に聞く

2020年10月17日 05時00分 (10月17日 05時03分更新)
湧水の問題は山梨、長野両県も含めた広域で対応すべきだと語る大阪経済大の稲場紀久雄名誉教授=大阪市の同大で

湧水の問題は山梨、長野両県も含めた広域で対応すべきだと語る大阪経済大の稲場紀久雄名誉教授=大阪市の同大で

  • 湧水の問題は山梨、長野両県も含めた広域で対応すべきだと語る大阪経済大の稲場紀久雄名誉教授=大阪市の同大で

◆命の水 止まる危機

 リニア中央新幹線の着工を国が認可し、十七日で六年。南アルプストンネル静岡工区(静岡市葵区)の工事による大井川の流量や地下水への影響をめぐり、静岡県とJR東海との間で協議が難航、仲介役の国土交通省主催の有識者会議で議論が進む。水循環が専門で大阪経済大の稲場紀久雄名誉教授(79)が本紙の取材に、リニア工事で「静岡の水循環が危機的になる」と懸念し、対応するには情報公開が重要と強調した。影響は広範囲に及ぶ可能性もあり、「長野県や山梨県と連携して対応するべきだ」と訴えた。(高橋貴仁)
 稲場名誉教授は、地下水を含む水を「貴重な国民共有の財産」と規定し、保全を掲げる水循環基本法(二〇一四年施行)の法案作成の中心人物だ。水循環とは海水や地表の水が蒸発して雲になり、雨や雪として地表に降り注ぎ、地中に染み込み、川に流れて海に至る一連のつながりのこと。人は水循環の中で水を利用している。
 リニア建設は水循環に悪影響があると考えており、「速やかな(事業の)撤退が最適だ」と主張する。しかし、投じた莫大(ばくだい)な費用なども踏まえ「あえて実施するなら、健全な水循環を持続させる周到な対策を講じるべきだ」と指摘した。
 水循環を持続させる対策の一つが情報公開だという。特に、地下水は所有の割合が特定できないことから、利用には「共有権者全員の同意が必要」とし、一人一人の判断のため情報公開が重要とした。
 南アルプストンネル工事の地下水への影響が指摘される中、大井川直下で大量湧水の懸念があるとの調査資料の公開をJR東海が「不安を与える」との理由で拒否していることには、「被害を受ける県民に説明せず、不安を与える当人が『不安を与えかねないので出さない』というのはおかしい」と批判した。
 また、工事による湧水は、上流域の南アルプスに広がる国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「エコパーク」の水循環や、自然の生態系に影響を与える可能性があるとし、「静岡は長野、山梨の両県と連携するべきだ」と主張した。
 さらに、大井川などの県内河川が水力発電のダム建設などの国策によって「健全な水循環が損なわれ続けてきた」と強調。塩郷ダム(川根本町)の建設に伴う大井川の水枯れに反発した住民らによる「水返せ運動」などを例に挙げ、「水は共有の財産という理念を県民が理解し、もっと声を上げるべきだ」と話した。

◆長野、山梨と連携を

 稲場名誉教授の一問一答は次の通り。
 −水循環基本法が制定された意義は。
 法律には画期的な条項がある。健全な水循環の再建と推進のほか、地表の水と地下水は貴重な国民共有の財産と規定し、流域住民が財産権を持つとした。つまり、流域住民の了解なしに水は使えないのだ。だからこそ、(住民との合意のために)情報公開が重要になる。また、地下水に影響を与える行為は、県が認めれば実施していいわけではない。財産権を持つのは県民だからだ。
 −リニア工事で静岡の水循環はどうなるのか。
 地下水に影響が出る可能性があり、まさに県民の共有財産を毀損(きそん)する行為と言える。県内一円の水循環の健全性を損なう一撃になるだろう。(大井川など)トンネル湧水の下流域だけでなく、上流域にあり、エコパークでもある南アルプスに影響が出る恐れもあり、長野県や山梨県とも連携して取り組むべきだ。
 −大井川の流量減少や生物多様性への影響など、県とJR東海が続けてきた議論の舞台が、国交省主催の有識者会議に移った。
 国交省鉄道局はJR東海の監督官庁だ。リニア中央新幹線は安倍晋三前首相の政権時に掲げられた経済政策の花形事業で、鉄道局は実現させたいはず。リニア事業の当事者とも言え、県とJR東海の利害を調停できる立場ではない。当事者が設置した会議で公平公正な判断はできない。
 −水循環の観点から、リニア中央新幹線はどうするべきか。
 速やかな撤退が最適と考えるが、既に莫大(ばくだい)な投資をしていて、無謀と思われるかもしれない。あえて実施するなら、静岡県とエコパーク域内の健全な水循環を持続させるため、周到な対策を講じるべきだ。

 いなば・きくお 1941年、京都市生まれ。65年京都大衛生工学科卒業、同年旧建設省入省。岡山県下水道課長や土木研究所下水道部長などを歴任し、93年から大阪経済大教授、2012年から名誉教授。水制度改革に取り組む。現在、NPO法人「日本下水文化研究会」代表も務める。静岡県から国交省の有識者会議の委員に推薦されたが、選ばれなかった。


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