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ボートレース界のレジェンド今村豊が水面に別れ…SG7冠、生涯獲得賞金約30億円「本当にいいボートレース人生だった」

2020年10月8日 20時54分

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引退記者会見でボートレースアンバサダーの植木通彦さん(左)から花束を受け取る今村豊

引退記者会見でボートレースアンバサダーの植木通彦さん(左)から花束を受け取る今村豊

 ボート界のプリンスが水面に別れ―。センセーショナルな全速ターンで当時業界を沸かせ、早くからSGをはじめ第一線で活躍してきた今村豊(59)が8日に引退届を提出、東京都内のBOAT RACE六本木 SIX WAKE HALLで記者会見した。SG7冠、生涯獲得賞金は30億円近くを稼ぎ、ファンの心に勇姿を刻んたレジェンドが数々の記録を残し、現役生活にピリオドを打った。
 ボート界のプリンス、玉三郎、全速ターンの革命児、レジェンド。さまざまなニックネームに形容され、クリーンなレース運びをモットーに、数多くの記録を打ち立てた今村が40年の現役生活に別れを告げた。
 会見の冒頭で今村は「最低体重が52キロに変更される。それに対し限界を感じ、今期限りかなと。今振り返ると本当にいいボートレース人生だった」と、来月1日を初日とする競走から男子の最低体重が52キロに引き上げられることが引退の引き金になったとし、食べることで体重を増やすことが苦であったことを改めて語った。
 1981年5月の初出走から1年もたたぬうちにビッグ初出場。その2年後のオールスターを6コースから制し22歳で早くもビッグ初優勝を果たした。レバーを握り続け、外から外へターンマークを回る全速旋回で頭角を現し、今では考えられないほどの超スピード出世。38年もの間、最高峰で活躍を続けた。
 中でもダービー(当時全日本選手権)には並々ならぬ意欲と闘争心を持って挑んだ。第34、35回で大会史上唯一となる連覇。ボートレーサー真の日本一にかける思い、こだわりは誰よりも強かった。ダービーを初制覇した87年10月13日。33年の月日が流れた。
 40歳代には原因不明の病気と向き合った。「42、43歳でメニエールになって目まいがでていたとき、発作が起こるとレースできず欠場も…。その回数が増し、関係者に迷惑をかけ、そのとき引退を考えたことがある」。苦しい過去を振り返った今村は49歳のときにメモリアルで優勝。不屈の精神力で頂点に返り咲いた。
 徳山でボートレーサーとして産声を上げ、9月の徳山ダイヤモンドカップが現役ラストランに。「(最後は)レースにならないと思った。正常なスタートをして正常にゴールすることしか考えていなかった。デビューが徳山で引退が徳山。本当に幸せです」。悔いなきボート人生。目にはうっすら涙を浮かべながらも、表情は晴れやか。
 2017年4月に芦屋で歴代18人目の記録となる24場制覇を達成。住之江と芦屋以外の22場でG1以上のタイトルを手にした今村は、新たに創設されたBOAT〓RACE殿堂(仮称)の第1号に内定した。
 同支部の先輩・福永達夫が98年のグランプリを制したとき、まな弟子の白井英治が14年にメモリアルでSG初戴冠した際には大粒の涙を流した。「私の人生そのものです」。努力の人にして、不世出の天才レーサーでもあった今村のボート人生が静かに幕を下ろした。
 ▼今村豊(いまむら・ゆたか) 1961(昭和36)年6月22日生まれの59歳。162センチ、50キロ。血液型はA。山口県山陽小野田(旧小野田)市出身。県立小野田工業高卒。選手養成48期生、山口支部所属。81年5月・徳山でデビュー(1着)、同シリーズで優出(3着)。82年4月・蒲郡で初優勝。SG初出場は同年・オールスター(住之江)。84年・オールスター(浜名湖)でSG初優勝。78期連続旧A級及びA1級は級別連続最多。生涯獲得賞金は29億4144万6172円。G1・48Vを含む通算優勝は142回(歴代3位)。

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