木造平屋、軍用機の燃料タンクなど 清洲飛行場、稲沢に残存「平和学習に活用を」

2020年10月6日 05時00分 (10月6日 11時43分更新) 会員限定
清洲飛行場から移築されたとみられる建物=稲沢市増田東町で

清洲飛行場から移築されたとみられる建物=稲沢市増田東町で

  • 清洲飛行場から移築されたとみられる建物=稲沢市増田東町で
  • 横井さんが保管している軍用機の燃料タンク(左)とコックピットの座席=稲沢市増田東町で

 太平洋戦争末期の一九四四年、米軍機への迎撃基地としてあま、清須市境に建設された「清洲(甚目寺)飛行場」内にあった建物が、作戦司令室跡(あま市石作)以外にも現存していることが分かった。倉庫などに使われていたとみられる木造平屋で、戦後、稲沢市内に移築されていた。関係者は「まだ残っている建物があったとは」と驚いている。 (深世古峻一)...

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