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中日春秋

2020年10月6日 05時00分 (10月6日 05時00分更新)
 政治にかぎらず、文化も経済も、モンゴルとの関係が今に比べてはるかに遠かった昭和四十年代のこと。モンゴルを訪れた司馬遼太郎さんは、楽団の演奏で歓迎を受けた。「ピンキーとキラーズ」の曲だったという。思わぬ選曲に驚き、尋ねると、日本のメロディーが人気なのだという
▼<血は水よりも濃し>。モンゴル語を学んでいる司馬さんは記している。文法などにそっくりの点があって、親戚関係にも例えられる両言語の「言語生理」によってつながるものがあると書いた(『街道をゆく五』)
▼血のように濃い共通の何かが、遠く離れて通っていると思えば、モンゴルの隣、中国の内モンゴル自治区のニュースは、いっそう気掛かりに思えてしまう。少数民族のモンゴル族が通う学校で、モンゴル語の授業が減らされた
▼漢族への同化策が強くなっていると抗議デモなどが起きている。政策はさらに拡大されそうで、モンゴルでも反発が起きたという
▼モンゴル語には「牛が夏の暑さに耐えかねて尾を上げて走り回る」など翻訳の難しい牧畜関係の単語が多いらしい。家畜への呼び掛けの言葉などは動物の種類で違うそうだ。草原の光景が浮かぶような言葉を金岡秀郎著『モンゴルを知るための60章』に教わった
▼一つの言語は巨大な博物館にも図書館にも、例えられる。歴史、文化を含めた世界が脅かされないことを願う。

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