「マルジナリアでつかまえて」文筆家 山本貴光さん著作

2020年10月3日 05時00分 (10月3日 10時59分更新)
山本貴光さん

山本貴光さん

  • 山本貴光さん
  • Guy de Maupassant , Little French Masterpieces . 1904 ,p146 夏目漱石蔵書より。モーパッサンの短編「あだ花」の最終ページには「面白イ。然シ要スルニ愚作ナリ。モーパサンは馬鹿ニ違ナイ。」と書いている=東北大付属図書館夏目漱石ライブラリ漱石文庫所蔵

書き込みが示す 読書の痕跡考察


漱石やナボコフ 思考、感情伝わる


 <人類は大きく二つに分かれる。本に書き込みをする者と、しない者に−>。そんなユニークな帯文が目を引く『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』(本の雑誌社)が今夏刊行された。文筆家でゲーム作家の山本貴光さん(49)=神奈川県=が約三十年にわたり、古今東西の作家や哲学者らの書き込みを考察し、まとめた一冊だ。 (世古紘子)
 「マルジナリア(marginalia)」は、本の天地左右、行間などの「余白」への書き込みのこと。欧米では政治思想家ハンナ・アーレントや哲学者ジャック・デリダらの蔵書への書き込みがデジタル化され、公開されている例もある。「本をどう読んだかという『痕跡』。書いたもの、読んだもの、読んだものに対する書き込み。それらを関連づける試みもなされ、マルジナリアは研究でも重要とされています」
 山本さんがマルジナリアを知ったのは、学生時代に手にした夏目漱石の全集がきっかけだった。<御尤(ごもっとも)ナリ/natural!/ソンナコトハ駄目サ/ソーデスカ>。鋭くツッコミを入れているかと思えば、本文と関係のない内容も。「漱石は書かずには読めない人。思考や感情をよくつかまえていて、そこには目には見えない読書という営みが表れている。書評のように取り繕った文章でなく、生き生きとして面白い」。以降、趣味として関連書や論文、世界中の図書館デジタルアーカイブを探し、有名無名を含め数百人分のマルジナリアを見てきた。
 本書では、漱石がモーパッサンの短編に記した辛辣(しんらつ)な評価をはじめ、多様なマルジナリアを紹介する。そこには他者が書いたものや、仕事への向き合い方が垣間見える。例えば児童書を多く翻訳した石井桃子さん。自身が携わった『ドリトル先生アフリカゆき』には<カキナオシ/ページの半分をトル/図をトル>など朱筆が残り、初版から三十年以上たっても、厳しい点検が続く。
 作家ウラジーミル・ナボコフも書き込みが多い。カフカの小説『変身』の冒頭には、主人公が変わり果てた姿を想像した絵が残る。文章を読み込んで導き出した姿はコガネムシのような甲虫で、飛べたはずだとも指摘する。ほかにもアーレントの驚きが素直に伝わってくる「!」だけのマルジナリアも味わい深い。
 山本さん自身も<ペンを持たぬと本が読めぬ>というほどのマルジナリアンを自認する。だが、高校生までは「指紋さえ付けたくない」と一切書き込まなかった。変わったのは大学生のとき、デリダら現代思想の本を手にしてから。「一筋縄ではいかず、毎回謎解きをしているようで。考えたことや調べたことを記録しながら、過去の自分と協力して読んでいきました」と振り返る。中でも漱石の『文学論』と西周(にしあまね)の『百学連環』はそんなふうに、二十年以上をかけて読み込んだ。
 本書後半は<マルジナリアことはじめ>として線を引く、補助記号を使う、索引をつくるなど、丁寧に手ほどきもする。無理のない範囲で勧め、魅力を語る。「本を読んで、心に浮かんだことを記録してみる。そうすると、本に何が書かれているかだけでなく、自分のことも分かってきます」

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