三菱重工名古屋が都市対抗予選を敗退 67年の歴史に幕 名門チーム最後の一戦に涙「最後は東京ドームで終わりたかった」

2020年9月30日 13時56分

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最後の試合を終え、目を赤らめながらベンチに戻る三菱重工名古屋ナイン

最後の試合を終え、目を赤らめながらベンチに戻る三菱重工名古屋ナイン

  • 最後の試合を終え、目を赤らめながらベンチに戻る三菱重工名古屋ナイン

◇30日 社会人野球都市対抗大会・東海地区2次予選第6代表決定トーナメント1回戦 JR東海3―0三菱重工名古屋(岡崎市民)


 チームの統合により、今季限りで事実上の廃部となる三菱重工名古屋(名古屋市)は30日、都市対抗野球大会・東海地区2次予選の第6代表決定トーナメント1回戦でJR東海(名古屋市)に3―0で完敗。東海地区屈指の名門は、67年の歴史に幕を閉じた。
 本大会に出場するため、1日でも長く歴史を刻むため、1試合も負けられない戦いだった。しかし0―0の5回、1死満塁から犠飛で1点を先制され、7回には長短打3本などでさらに2点を許した。打線は相手先発戸田に散発3安打。選手一人一人の名前が記されたのぼりや横断幕を掲げて応援した一塁側スタンドの祈りもむなしく、最後まで反撃することができずに涙をのんだ。
 渡辺祐史監督(39)は「残念です…うまく抑えられてしまった」と声を絞り出し「最後は(東京)ドームで終わりたかったが、結果が全て。ただ『日本一愛されるチーム』という目標をかかげる中、僕自身は本当に良いチームだと感じていた。勝たせられなくて申し訳ない」と肩を落とした。
 選手の半数近くは統合先のチームなどで野球を続けるが、吉田承太主将(34)=関東学院大=ら引退する選手も少なくない。「本当の意味で終わったんだなと思い、気持ちの整理がまだつかない」と吉田。「最後の整列の時にスタンドを見上げて、あらためてたくさんの人に応援してもらっていたのだと思った。皆さんの力で、日本一愛されるチームにさせてもらった。本当に感謝してもしきれない」と目を真っ赤にして謝辞を述べた。
 三菱重工名古屋は、1953年に創部。都市対抗に26度出場し、61年には準優勝。日本選手権は9度出場し、勝野昌慶投手(現中日)を擁した2018年に初優勝を果たした。今年3月、三菱重工がチームの強化策の一環として、三菱重工名古屋、三菱日立パワーシステムズ(横浜)、三菱重工神戸・高砂、三菱重工広島の4チームを横浜と神戸・高砂の2拠点に統合すると発表していた。

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