国内2番目に古い医学雑誌 高岡出身の蘭方医・坪井信良が編集 市博物館で展示

2020年9月30日 05時00分 (9月30日 05時03分更新)
坪井信良の「医事雑誌」を説明する仁ケ竹亮介副主幹学芸員=高岡市博物館で

坪井信良の「医事雑誌」を説明する仁ケ竹亮介副主幹学芸員=高岡市博物館で

  • 坪井信良の「医事雑誌」を説明する仁ケ竹亮介副主幹学芸員=高岡市博物館で
  • 神保氏張知行安堵状=高岡市博物館で
 高岡市博物館の開館五十周年記念特別展「高岡のお宝展」で、江戸幕府第十五代将軍・徳川慶喜の侍医を務めた高岡の医家出身の蘭方医・坪井信良(しんりょう)(一八二三〜一九〇四年)が編集した日本で二番目に古い医学雑誌「医事雑誌」十二巻を展示している。 (武田寛史)
 同博物館が昨年、名古屋市と都内の古文書店から購入した。医事雑誌は一八七三(明治六)年十一月に第一号が出版され、七五(明治八)年までに月に二回、第四十三号まで発行された。展示しているのは第二〜七号、第九号、第十三〜十五号、第十七号、第三十四号。第二号はコレラ病や麻酔薬吸法、海外新報など当時の最新の医学情報がまとめられている。
 「医事雑誌」は長い間、日本最古の医学雑誌とされてきたが、日本医史学会の雑誌に掲載された「わが国最初の医学雑誌」の指摘により、現在では「医事雑誌」より五カ月早い七三年六月に発行された田代基徳編「文園雑誌」が日本最古とされている。
 仁ケ竹(にがたけ)亮介副主幹学芸員は坪井信良について「オランダ医学書を多数翻訳し、医学知識の普及に努めた重要な人物。高岡最古の医家の佐渡家出身で、高岡から侍医にまで出世した人がいたことを知ってほしい」と話している。
 また、同博物館所蔵の古文書で最古の史料とされる「神保氏張(じんぼうじはる)知行安堵(あんど)状」の展示は初めて。高岡開町の祖・前田利長の前に守山城主だった神保氏張(一五二八〜九二年)の文書で中世の史料として貴重だ。特別展は十月十一日まで。開館時間は午前九時〜午後五時(入館は午後四時半まで)。月曜休館。入館無料。 

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