遺構や須恵器に興味津々 湖西で登り窯跡の見学会

2020年9月29日 05時00分 (9月29日 05時00分更新)
出土した須恵器の破片=湖西市新居町で

出土した須恵器の破片=湖西市新居町で

  • 出土した須恵器の破片=湖西市新居町で
  • 市教委担当者の説明で、1号窯(右)と2号窯を見学する参加者=湖西市新居で
 湖西市新居町で発掘された七〜八世紀の登り窯跡の見学会が二十七日、同町の工事現場であった。市内外の百人が大規模な遺構や当時の須恵器に触れ、歴史ロマンに浸った。 (鈴木太郎)
 市内一帯は良質な粘土を産出し、古墳〜奈良時代には須恵器の一大産地として繁栄。製品は青森県までの東日本の太平洋沿岸に流通した。「湖西窯跡群」として、山の斜面を利用した千基近くの窯跡が見つかっている。今回、工場用地と都市計画道路を造成する湖西市の「浜名湖西岸土地区画整理事業」の工事に伴い発掘された。
 五十ヘクタールの造成地からは四カ所の窯跡が見つかり、うち一カ所の「古見第36地点古窯」を見学した。現場には一号窯と二号窯の二基があり、一号窯は幅二メートル、奥行き十メートル、高さ二メートルほどでやや大規模。焼成で出た灰や失敗作を捨てる、たき口近くの「灰原」から最上部の煙の出口まで、トンネル状に掘られた遺構が保存の良い状態で残っている。
 市教育委員会の担当者が、一号窯は何度か修復されて利用されたこと、灰のかぶり方から一号窯の方が歴史が古いと推測されることなどを説明した。現場から出土した須恵器も展示され、参加者は灰がガラス状に溶けた「自然釉(ゆう)」に覆われた破片を手に取って興味深く眺めていた。
 窯跡は調査終了後、造成のため取り壊す。趣味で近隣の窯跡をよく訪れているという堀川匡士(まさひと)さん(61)=新居町=は「これほど大規模で保存状態の良い遺跡は初めて見た」と目を輝かせた。

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