「もう1人落合博満がいる」固定観念にとらわれぬ室伏広治に感じた…新スポーツ庁長官が三冠王の薫陶を受けた日【増田護コラム】

2020年9月28日 12時39分

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対談する落合博満(右)と室伏広治(ハンマー投げ)=2003年12月

対談する落合博満(右)と室伏広治(ハンマー投げ)=2003年12月

  • 対談する落合博満(右)と室伏広治(ハンマー投げ)=2003年12月
  • 打撃練習を終えて、苦笑いを見せるハンマー投げの室伏広治の横で笑顔を見せる落合監督(左)=2007年1月
  • ボールが壊れそう!?丸太のような腕で打撃練習する室伏広治=2007年1月
  • 始球式で見事な速球を披露したアテネ五輪金メダリストの室伏広治=2004年11月
 10月1日付けでスポーツ庁長官になる室伏広治さん(45)の言葉が今も忘れられない。彼が中京大の学生時代、野球の話になった。小学校低学年のころスポーツ少年団でやろうとしたが、すぐにやめたという。
 「水を飲ませてもらえなかったんですよ。それっておかしいじゃないですか。納得できなかったんです」
 今でこそ誰もが間違いだと知っている当時の常識。40年近く前の小学生がそれに疑問に思い、実際行動に移せることではない。その室伏さんは2005年4月5日、横浜スタジアムの始球式で131キロを記録した。不条理なことで逸材を逃した野球界にだってそんな選手は…一人いた。落合博満さん。秋田工時代はうますぎたゆえに先輩からいびられ、試合の時だけ呼び戻された。彼も納得できなければテコでも動かなかった。
 この二人が2004年元旦付け中日スポーツの対談を機会に交流を深めた。始まりは室伏さんを担当する記者から「落合さんとプライベートで会いたがっています」とのこと。アテネ五輪を9カ月後に控え、学びたいことがあるという。三冠王の打撃技術に興味があり、テレビ解説を聞いているうちに会いたくなったそうだ。ただ取材はどうしてもNGと…。
 その年は創刊50周年で、新監督と五輪メダル候補のマッチングはうってつけだが、室伏さんが強情なのは冒頭で書いたとおりだ。落合さんに相談すると「オレに任せとけ」となり、電話で有無を言わせず口説いてくれた。落合さんも興味があったようだった。そして実際に対談が実現すると、室伏さんは目を輝かせることになる。
 「オレは第三者的立場で野球をやっていた。もう一人の落合博満がいる感じだった」と、現役時代の落合さんは俯瞰(ふかん)して自分を見ていたことを明かし、「肩の荷をおろせ。メダルを取れとか勝手なことを言うけど、周囲の言葉に惑わされるな」と説いた。
 落合さんの話は回転運動、体の内側に力をためる理論にも及んだ。布巾を使ってテーブルをふきながらの説明に、室伏さんは大きくうなずいた。筆者には難しすぎたが、遠心力と求心力に関する感覚は、ハンマー投げの動作に通じる大きなヒントになったようだ。
 実際にアテネで金メダルを取った室伏さんは後に「興味深く、共感できる内容として強く記憶に残っている。他競技にも学ぶことがある」と、対談の成果を陸上専門誌に書いた。
 2007年には落合さんの打撃指導を受け、独特の理論に触れた。学ぶことがあると思えば鉄球ひとつぶら下げて世界にも飛び出した。形状が爆弾に似ているため、何度も入国審査で取り調べられたそうだ。一見頑固でも、固定観念にとらわれない室伏さん。新時代を切り開くリーダーになってくれるはずである。

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