中日春秋

2020年9月25日 05時00分 (9月25日 05時00分更新)
 戦争が終わってから、十年ほどで東京の人口は倍増し、一千万人に迫った。仕事を求める人々が、「金の卵」たちが、競うように上り列車に乗り込んだ時代である
▼作詞家なかにし礼さんの一家も青森から上京している。<東京へ出たら、すべては開けると信じて…東京のつくものばかりを愛唱しつつ憧れた東京へ、私たちは行く>と自伝エッセーに記した。東京の賛歌が、望郷の歌とともに流行した時代である
▼地方の若者を歌った曲もある。『僕は泣いちっち』がえがいたのは、東京にどうしようもなくひきつけられる心情だろう。<僕の恋人東京へ行っちっち/僕の気持を知りながら…どうしてどうしてどうして/東京がそんなにいいんだろう>
▼恋人が上京していった、だから僕も。若者の心に共鳴するように、一九六〇年に大ヒットし、「泣いちっち」は流行語になる
▼歌った守屋浩さんの訃報が届いた。八十一歳。全盛期を過ぎた野球選手が、指導者になるようにと、早くに事務所の仕事に転身したそうだ。軽さの中に哀愁を感じさせる歌声を、長い時の流れとともに、思いだした方もいるだろう
▼大ヒットの数年後に、秋田県から夢と職を求めて上京したのは現首相の菅さんである。時の流れだろう。一極集中はいきすぎて、地方再生が求められる。どうしてどうして東京ばかりに、と言わなければならない時代である。

関連キーワード

PR情報