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宇宙パンチや手裏剣パンチ…奇想天外なアイデアあふれた名物会長逝く【山崎照朝コラム】

2020年9月23日 12時06分

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祭壇に飾られたテンガロンハットの渡辺治会長

祭壇に飾られたテンガロンハットの渡辺治会長

  • 祭壇に飾られたテンガロンハットの渡辺治会長
  • 現役時代の渡辺治さん
  • 日本人初のヘビー級世界ランク入りを目指す西島洋介山(オサム)=埼玉・大宮市のオサムジムで
 奇想天外なアイデアパンチで有名だったプロボクシング・オサムジムの渡辺治会長が8月3日、亡くなった。今月中旬にあった東日本ボクシング協会の理事会で明かされた。82歳だった。家族によると若い頃から心臓に持病を抱え、5年前に脳梗塞を発症して治療を受けていたという。亡くなったのは通院する日で様態が急変しての他界だったそうだ。
 渡辺会長は宮城県出身。1958年にフェザー級でプロデビュー。フェザー、ライトの各級で日本タイトルに挑戦したが失敗。64年にウエルター級に上げて日本王者に就いたが初防衛に失敗。引退した。生涯戦績は26勝(4KO)13敗7分け。
 当時ウエルター級は日本で王座が定められていた最重量の階級で、東洋人として初の世界ランク入りだった。引退後の74年、さいたま市大宮区にジムを開設。日本バンタム級王者尾崎恵一、日本スーパーライト級王者小野寺洋介山、ヘビー級の西島洋介山=東洋太平洋(OPBF)クルーザー級王者=を育てた。
 私は一時期、勤務地がさいたま市で長女の結婚披露宴にも呼ばれるなど懇意にして頂いた。会長はボクシングの醍醐味(だいごみ)をヘビー級に求めていて、当時、小松原高校野球部に所属していた西島洋介(リングネームは洋介山)に通学路で声をかけてスカウト。92年3月に日本で唯一のヘビー級ボクサーとしてプロデビューさせ、話題になった。
 日本には重量級選手は少なくスパーリング相手を求めて渡米。試合も海外だったため育成には苦労した。指導方法もユニークだった。ジムの床を掘って地下ジムを作ったり、見えない角度からパンチを繰り出す“宇宙パンチ”や意表を突く“手裏剣パンチ”を考案して伝授したり。テクニックでもアイデア満載の名物会長だった。
 先日、焼香のため自宅を訪ねた。祭壇の横には会長時代のトレードマークだったテンガロンハットが掛けられ、往時を思い起こさせてくれた。家族によると「脳梗塞の時に心臓の持病薬を飲んでいたため手術ができなかった。その時にダメかなと思った」という。
 それから5年。1階のジムを部屋に改装し、リハビリに努めてきた。最期の様子は「会長は重量級で最初の日本チャンピオン。最後は眠るように逝った」のだそうだ。気持ちはやさしく、いつも明るく振る舞い、会うだけで元気がもらえる会長だった。合掌。(格闘技評論家=第1回オープントーナメント全日本空手道選手権王者)

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