石川県立美術館の新館長 青柳正規さんに聞く

2020年9月19日 05時00分 (9月19日 10時01分更新)
工芸や美術館の在り方について語る青柳正規館長=石川県立美術館で

工芸や美術館の在り方について語る青柳正規館長=石川県立美術館で

  • 工芸や美術館の在り方について語る青柳正規館長=石川県立美術館で

◇地域色豊かな逸品展示
◇国立工芸館と相乗効果


 石川県立美術館の新館長に前文化庁長官の青柳正規さん(75)=が一日、就任した。隣接地に移転した国立工芸館(東京国立近代美術館工芸館)の十月二十五日開館を控え、石川県だけでなく北陸の美術、工芸関係者の期待は大きい。抱負や文化行政が向かうべき方向性について聞いた。(聞き手・松岡等)
 −三十年近くにわたり務めた嶋崎丞・前館長の後任。期待は大きい。
 「文化庁にいる時、日本の工芸は素晴らしいのに売れ行きが悪くなり、勢いが失われている、なんとかその流れを変えられないかということでいろいろなことに取り組んだ。手作りのものは、日本のものづくりの多様性のために絶対的に必要。なくなれば、無味乾燥なものが氾濫し、生活の質が下がる。潤いや芸術性、世界の循環を気づかせてくれる工芸をなくせないという危機感から、とにかく運動をしようとシンポジウムなどを行った。そういうことで声が掛かったのではないか」
 「全国美術館会議の会長を務めていた時、理事の嶋崎さんから教わることが多かった。石川県立美術館は、地域の工芸だけでなく、ゆかりの人たちを大切にしながら、現代の作家とコラボするなど、いい運営をしていた印象があり、その延長線上でやればいいという安心感はあった」
 −国立工芸館との相乗効果をどう生み出す。
 「国立工芸館という通称を与えられている割には、人も予算も少なく、期待されているようなことをやっていけるのか不安はある。だからみんなで、予算も人員も増やし、通称にふさわしい体制作りができるようバックアップしていかなくてはいけない」
 「石川県は、加賀藩が文化立国として文化で藩を活性化していくことをすでに実験的にやり、成果を上げてきた経験がある地域。文化を活性化させることで経済にいい影響があるという可能性を追求できる。そのために県立美術館があり、兼六園の周辺の文化の森がある。そこに工芸館をひっぱってきた。向こうはナショナルセンターとしての視野で見ているし、こちらは石川県、北陸を中心に考えている。うまくやれば相乗効果は生まれる」
 −具体的には。
 「今、開催中の『いしかわの工芸 歴史の厚み』で古九谷を見て、力強さに感激した。ある意味でおおざっぱでえいやっというところがあって。日本の工芸は全般に繊細で優美で、しかし力強さがないのだが、あの力強さはアフリカの工芸とも対抗できる」
 「色絵なら、国立工芸館には日本全体のバリエーションのあるいいものがあり、こっちは石川県の素晴らしい色絵を展示できる。両方を見て、石川のものが日本全体の中核でどう生きているのか知ってもらえる。そんなことをやってみたい」
 −コロナ禍で日本の美術館の運営はどうなる。
 「変わるだろう。今、国立西洋美術館でロンドン・ナショナル・ギャラリー展をやっているが、館長時代に交渉に行った時は所蔵品の90%は展示しているから貸せないと言われ、引き下がったことがある。その後に、ギャラリーの理事たちが変わり積極的に貸し出して料金を取るという方向に転換した。そうするとかなりの借用料を払わなければならず、大量動員する展覧会に仕上げなければならない。これからそうしたことは難しくなる」
 「高齢化が進む中で、昔の写真や好きだった絵を見ておしゃべりすると認知症の進行が遅くなるという回想法が注目されている。そうした福祉に貢献するなど、地域の生活に直結することをやる美術館が出てきていいし、障害者美術に特化した館ができてもいい」
 「石川県立美術館は収蔵品を見せるトップランナーとしてやっていけるが、これから優品をそろえるというのは難しくなる。例えば一般の人たちは、野々村仁清(ののむらにんせい)の国宝があるということで訪れるが、すべての美術館でそれは期待できない。モナリザだけを見たいというのは、そろそろやめなくては」
 −日本の文化行政はどこへ向かう。
 「文化財が活用されていなかった面があり、保存だけではなく活用という言葉が方針に入った。活用とは観光振興もあるが、文化財の価値を広く知ってもらうことで賛同を得て、保存のための手当、予算をちゃんとしようというのが一番の狙いだ。そういうサイクルについて文化庁はきちっと言わなくちゃいけない」
 「修復保存というが、単に古いものを職人が直すだけではない。先端的な技術が必要で、まず文化財で修復、分析の技術を高め、それを民間でも生かすことが期待されている。例えば3Dやクローン文化財(レプリカ)づくりの技術が他の分野に援用できる」
 「日本のインバウンド(訪日外国人客)は年間四千万人になろうとしていた。しかしタイなど六千万人だから、まだまだだ。欧州は観光ブームと飽きられて廃れるという波を何度も繰り返してきた。日本のインバウンドはまだ小学生みたいなもの。コロナの経験を生かし、持続性のあるものを目指さなければ」
 「石川県は、前田藩があり、四高があり、金沢美大があり、時代ごとに手を打って生き延びてきた地域。県を動かす人たちが文化を無視できないところは、ほかとはかなり違う。日本は今まで経済とは結びつかなかった文化のような分野も活用しなくてはいけなくなった。指導者たちが文化を考えなくてはいけなかった石川の伝統が、より現代的になりつつあるという気がしている」

【プロフィール】あおやぎ・まさのり=1944年、中国・大連生まれ。ギリシャ・ローマ考古学者。67年東京大文学部美術史学科卒。東京大文学部教授、副学長、国立西洋美術館館長、独立行政法人国立美術館理事長を歴任。2013〜16年に文化庁長官。日本学士院会員。現在は山梨県立美術館長、多摩美術大理事長、奈良県立橿原考古学研究所長を兼務する。『皇帝たちの都ローマ』(中公新書)、『ポンペイの遺産』(小学館)、『文化立国論』(ちくま新書)など著書多数。


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