窃盗症の苦しみ知って お金あっても「盗りたい」

2020年9月18日 05時00分 (9月18日 05時03分更新)
入院当時のリポートを振り返りながら取材に答える女性=神奈川県内で

入院当時のリポートを振り返りながら取材に答える女性=神奈川県内で

  • 入院当時のリポートを振り返りながら取材に答える女性=神奈川県内で
 衝動に抵抗できず、物を盗むことが目的になるクレプトマニア(窃盗症)という精神疾患がある。国内には患者数をまとめた統計もなく、理解はあまり進んでいない。七年前、窃盗症と診断された県内出身の女性(34)は「『欲しかった』わけじゃない。『盗(と)りたかった』んです」と打ち明ける。 (谷口武)
 四人きょうだいの末っ子。物心付いたころ、親の財布からお札を、十歳離れた姉の勉強机からは菓子を盗んだ。悪いことをしているという気持ちはあった。
 「しつけ」と称し、父にたたかれた。学校ではいじめられた。「助けて」。心で何度も叫んだが、誰も気付いてくれなかった。
 高校時代、初めて万引した。季節は秋だった。吹奏楽部の部活帰りに寄った楽器店で見つけたクラリネットのリードとマウスピース。小遣いで買えるが、財布は空になってしまう。手が勝手に動いた。バッグに入れ、チャックを閉めた。「見つかったら、追いかけられたら…」。不安をよそに、いとも簡単にいった。
 快感を覚え、やめられなくなった。頻度も盗む量も増え、押し入れに隠しきれなくなった。母に「どうしたの」と聞かれても、「友だちにもらった」とごまかした。盗んだ物を見ていると、心が満たされた。
 大学卒業後、介護施設で働き始めた。同僚や入所者の入浴中など、隙を見ては現金を盗んだ。発覚することもなく、職場を転々とし、別の介護施設に勤めた。
 三カ月ほどして、上司が呼び出した。「何で呼ばれたか分かる?」。返事ができなかった。沈黙が続き、時計の針の音だけが響く。
 上司は「あなたから言わないのであれば、警察を呼びます」。事の重大さに気付き、「現金を盗みました。薬も盗みました」と白状した。「何かの病気だと思う。治療して立ち直ってほしい」と諭された。
 いま向き合わなければ、後ろめたさ、恐怖におびえ続けることになる。二〇一三年、窃盗症治療のベテラン竹村道夫医師(75)が院長を務める赤城高原ホスピタル(群馬県渋川市)に親に治療費を立て替えてもらい入院した。
 四年弱が過ぎ、一七年八月、ホスピタルを離れた。
 窃盗症患者が助けを求められる居場所を一八年末、静岡で立ち上げた。匿名で参加できる全国二十カ所以上ある自助グループの支部で、「KA(クレプトマニアクス・アノニマス=無名の窃盗症者)富士山」と名付けた。
 女性は現在、就労移行センターに通いながら社会復帰を目指している。「自分を救ってくれた医療をサポートできるよう、医療事務の職に就きたい」と話す。
 今は盗みへの衝動はない。自分を認め、向き合ったことで、心に余裕ができた。取材に応じたのは「窃盗は許されない。ただ、病気で苦しんでいる人もいることを知ってほしい」からだと語った。

◆心の病 人との関わり重要

 <窃盗症の治療> 竹村院長によると、治療の柱は患者同士で集まり、話し合うグループミーティング。窃盗で満たしていた心の空洞を、健康的な人間関係で埋める。自身の行為に向き合うことが不可欠という。治療中に盗みを再び繰り返す「スリップ」も少なくない。元マラソン世界選手権代表の原裕美子さんも患者。


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