<大波小波> 己の愚行を笑え

2020年9月17日 16時00分 (9月17日 16時00分更新) 会員限定
 耽溺(たんでき)や奇行は文士の専売特許、独特の自己表現である。飲む、打つ、買うの波乱人生を送りながら、詩や小説を書いたブコウスキー。性的倒錯を描いた谷崎潤一郎。小生ら読者は彼らを嗤(わら)い、眉をひそめ、時には共感や羨望(せんぼう)を覚える。だが愚かな行いとは何か。人はなぜ破滅に魅(み)せられるのか。政治や社会風潮は論外だが、思想はこれまで正面から愚行論に向き合ったことがない。
 四方田(よもた)犬彦の近著『愚行の賦』(講談社)は愚かさを、人間の謎を解く鍵として考察した大著だ。フローベール、ドストエフスキー、老子、谷崎などから本質に迫る。『ボヴァリー夫人』は同時代の愚劣を事細かく書き、夢想家の妻、凡庸な夫、文明発展を信じる薬剤師の三人をその類型に挙げた。フローベールは自覚しつつ生涯を愚行に塗(まみ)れて生きた、と著者は指摘。
 文学とは自覚的な愚か者の所業だ。愚劣を自分の内部に取り込まない限り、人の弱さは書けない。己(おのれ)の暗愚を知る作家は少なく、「私」の根本を熟考すべきだ。一方著者は愚行の考察では、結論の急ぎ過ぎにも警鐘を鳴らす。同書は二〇〇三年の『摩滅の賦』に続く第二弾。今後『零...

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