あの落合監督にも“生涯悔いた継投”が…投手交代の根拠、選手の言葉に求めず 指導者の判断に勝るものなし

2020年9月14日 11時10分

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5回裏1死二塁の場面で降板し、ベンチで与田監督と話す吉見(右)

5回裏1死二塁の場面で降板し、ベンチで与田監督と話す吉見(右)

  • 5回裏1死二塁の場面で降板し、ベンチで与田監督と話す吉見(右)

渋谷真コラム・龍の背に乗って

◇13日 DeNA2ー3中日(横浜)
 5回1死二塁での継投には賛否があるだろう。吉見に勝たせてやりたいという温情と、試合に勝つためにはどうすべきかという判断。その主語は、もちろん監督だ。
 「4回の倉本のレフトへの飛球もそうだし、内野の頭を越える打球が増えてきていたので」
 難しい決断の根拠を、与田監督はこう説明した。そう。根拠。その根拠を時として投手本人に求めてきた。攻撃中のベンチで「まだいけるか?」と尋ねてきた。ある投手は「任せます」と答え、交代。リリーフが打たれた。ある投手は「行かせてください」と願い出て、後日、コンディショニング不良が判明した。
 打たれたから失敗、抑えたから成功。それもあるが、本当に大切なのは結果より根拠だ。当事者に求めても意味はない。一番勝ちたいのは彼らなのだ。マウンドにいれば闘争心に満ち、アドレナリンが湧き出る。「もう無理です」なんて言うはずがない。プロの指導者が見て、判断する。それに勝る根拠はない。
 いつからか、与田監督は変わった。柳が交代を嫌がり、マウンドから逃亡を図った。福谷は交代を悔しがり、泣いた。どちらも当事者には聞いていない証しだ。この日もそう。吉見に聞けば答えは一つ。「投げさせてください」。そうではなく、ベンチが決め、ソトに又吉をぶつけた。
 あの落合監督が、生涯悔いた継投がある。2004年の日本シリーズ第3戦。2点リードの7回、1死二塁だった。自分がマウンドへ行くときは継投の印。ブルペンからは高橋聡が飛び出してきたが、ラインをまたぐ寸前で止めた。岡本は「行きたい」。捕手や内野手も「このままで」。急転、続投。しかし、暗転。数分後、逆転の満塁弾が場外に消えた。
 悔いたのは結果ではない。大事な決断の根拠を選手の言葉に求めてしまったことだ。この試合を境に、落合監督は変わった。少なくとも投手に尋ねることは二度となかったはずだ。
 「吉見を投げさせてあげたい気持ちも当然あったけど、とにかく勝つことを最優先に考えた。あの交代を正解にしてくれたのは選手たち」とも与田監督は言った。采配と用兵は監督の専権事項だ。表と出れば選手の手柄。裏に出れば自分の責任。吉見は勝たなかったが、試合には勝った。根拠と結果が一致する。勝負の世界では何よりも大切なことだ。

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