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岡崎出身の西幕下53枚目・葵 関取になって師匠と地元に恩返し

2018年8月1日 11時00分

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7月14日、名古屋場所の葵=ドルフィンズアリーナで(芹沢純生撮影)

7月14日、名古屋場所の葵=ドルフィンズアリーナで(芹沢純生撮影)

 大相撲の西幕下53枚目の葵(26)=愛知県岡崎市出身、錣山=が、名古屋場所を2勝5敗で終え、幕下で初となる勝ち越しを逃した。秋場所は3段目からの出直しが決定的だが「反省点ばかりだけど、立ち合いで圧力負けすることは少なくなった。悔しさと経験を土台に1場所で幕下に戻りたい」。故郷にちなんだしこ名を輝かせるため、前向きに誓った。

小2で初のまわし

 幕下残留の可能性を残すためにも落とせない名古屋場所の7番相撲、葵にとって悔いの残る1番だった。立ち合いこそ互角だったが、相手を懐に入らせない守りの意識が強く、前に出れないまま、寄り切られて2勝5敗の星取り。「立ち合いは自信になったけど、まだまだ詰めが甘いっす」と振り返った。
 地元の岡崎市小豆坂小2年のとき、青森出身で幕下力士だった親戚の勧めでまわしを初めて締めた。2002年、4年生で初めて全国大会に出て両国国技館の土俵を踏み、直後の名古屋場所も生で観戦したことで、角界への興味が出た。

師匠の相撲に夢中

 運命の出会いは翌場所、テレビ越しだった。家族が大ファンだったこともあり、師匠の錣山親方(元関脇寺尾)の取組に夢中に。くしくも現役最後の場所。「最後の1番まで、前に出続けた姿が忘れられない。今でも力士として目指す姿です」と熱っぽく語る。
 同市南中では伸び悩んで高校進学を考えたが、憧れの師匠が岡崎まで勧誘に足を運んでくれた。「稽古は厳しく、普段は楽しく」と心構えを説かれ、中卒たたき上げの道に迷いはなくなった。
 大相撲の土俵へ導いてくれた師匠からの最大のプレゼントは、しこ名「葵」の1文字だ。言わずもがな、岡崎が生んだ徳川家康の家紋。「名古屋場所でファンがしこ名を聞けば、すぐ当地力士と分かる。声援を力に、心を強くして土俵に上がってほしいので」。弟子への思いやりが込められている。

郷土愛が力になる

 しこ名に「葵」が入って9年目。子どもの頃は気にならなかった地元の名所・岡崎城がお気に入りになるなど、郷土愛が力になっている。
 「まだまだ顔じゃないけど、地元の誇りを背負っている。関取に上がることが、師匠と岡崎への恩返しになる」ときっぱり。まずは幕下復帰へ、攻めの相撲を貫く。 (志村拓)
 ▼葵誠将(あおい・せいしょう) 本名は鈴木敦裕。1992(平成4)年4月2日生まれの26歳。182センチ、150キロ。2008年春場所、鈴木のしこ名で初土俵。2010年春場所で葵丸に改名し、13年秋場所から現在のしこ名。最高位は西幕下49枚目。得意は右前みつ、寄り。

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