コロナ禍 せりふ切実に 第七劇場 金沢公演「ワーニャ伯父さん」

2020年9月12日 05時00分 (9月12日 10時50分更新)
第七劇場「ワーニャ伯父さん」の1シーン=金沢21世紀美術館で

第七劇場「ワーニャ伯父さん」の1シーン=金沢21世紀美術館で

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「生きていかなくちゃ」


 「桜の園」「三人姉妹」などと並ぶチェーホフの四大戯曲の一つとされる「ワーニャ伯父さん」。津市に拠点を置く劇団「第七劇場」のツアー公演が五、六日、金沢21世紀美術館シアター21であった。主宰する鳴海康平さんの巧みな構成・演出が、チェーホフが人生を生きる意味を問いかけたせりふの切実さを際立たせ、コロナ禍の中でより痛切に響いた。(松岡等)
 四十七歳になる男やもめのワーニャと姪(めい)のソーニャは、兄であり父でもある都会に住む大学教授に仕送りを続けてきた。教授は若い後妻を連れ帰郷するが、二人に土地を売り払うことを提案する。これに怒ったワーニャは、兄を撃とうとするが、それも果たせない。事件後、兄たちが土地を去った後にソーニャはワーニャに語りかける。
 「しょうがないの。生きていかなくちゃ。ねえ、伯父さん、生きていこう。長い行列みたいに続く昼と夜を、運命が与える試練を、耐えましょう。いまも、年を取っても、休まず人のために働こう」
 鳴海さんは、作品を上演することにした理由をこう説明する。「二十代で読んだ時にはダメなオヤジの面白くない話と思ったが、四十代になって読むと感じ方がまるで違って身に染みた。誰しも取り返しのつかないものを抱えているのが人生じゃないか、と」
 原作にはない、自死を思わせるソーニャの死を物語に組み込んだ。「僕たちは、悲惨な事件や大きな災害などのニュースを繰り返し見ている。そこには悲しみと切なさがあるが、死の前と後の両側を通らせることで、なぜ人が後悔するのかを対照できると思った」という。オリジナルな構成に加え、ミニマムな舞台装置や、生と死を際立たせる白と黒のシンプルな衣装、巧みな照明による演出が、せりふの力を際立たせた。
 見終えて気づく。「生きていかなくちゃ」というのは、大きな厄災に見舞われた時、誰もが「それでも」という枕ことばとともに、自らを奮い立たせるために、やっとの思いでつぶやく言葉ではなかったか。
 コロナ禍での上演になったのは偶然だが、だからこそ書いてしまえばありきたりかもしれない「人のために生きることこそが人生の幸いである」というメッセージが切実だ。奮闘する医療従事者だけでなく、社会、経済活動が止まった時にも、目立たない場所で社会インフラを動かしているエッセンシャルワーカーたちが秘めていたかもしれない思いを想像してみること。
 劇団にとって、一般客を入れた本格的な舞台はコロナの感染拡大以降は初めてとなった。上演に際して鳴海さんは「舞台芸術にかかわる多くの人がダメージを受けている。なんとか対策をしてシェアしなければ止まってしまう」と語った。
 「座席も空けて座らなくてはならないが、それでも同じ空間で時間を共有することができる。社会がどこか暴力的だったり、寛容でなくなったりしている中で、たとえ意見が違っても、互いを責めたりしない、許す、ということの意味を舞台を通して考えてもらえれば」。この時期だからこそ演劇という営みの意義をあらためて考えさせられた。

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