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146キロ左腕はまさかのバレー部出身 名大・松田、夢はプロ野球入り

2019年3月27日 02時00分

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投球練習する名大の左腕・松田亘哲=愛知県瀬戸市内で(川越亮太撮影)

投球練習する名大の左腕・松田亘哲=愛知県瀬戸市内で(川越亮太撮影)

 愛知大学野球リーグ3部の名大に少々変わった球歴を持っている左腕がいる。エースの松田亘哲投手(4年・江南)。大学野球でプレーする選手といえば、高校時代に甲子園出場を目指した人間がほとんどだが、松田は3年間バレーボール部に所属。硬式野球の球を初めて握ったのは大学に入学した後という。そこからめきめきと実力をつけており、卒業後も高いレベルで野球に取り組みたいと意気込んでいる。
 今はマウンドで投げることが何よりの楽しみとなっている。名大の左腕・松田は最速146キロの直球、カーブとスライダーが武器。黒縁メガネの顔には難関の国立大学に通う学生らしい理知的な雰囲気が漂う。しかし、松田は学業より野球の技術を上達させることにひたすら没頭している。
 「今は野球の面白さにはまっています。野球しかないというか…。練習をして、成果を試合で投げて試すのが楽しいんです。どっぷりと野球の魅力につかっています」
 そんな松田が硬式の球を初めて握ったのは名大に合格した後だ。高校時代の3年間は野球部に属してはいなかった。プレーしていたのはバレーボール。部のリベロとしてインターハイなど全国大会への出場を目指していた。中学まで土、日曜日に軟式野球をしていたが、「卒業した時で終わり」と決心。一度は白球に別れを告げたはずだった。
 大学ではバレーボールを続けてもよかった。準硬式や軟式という選択肢もあった。しかし、野球のことを忘れられなかった松田はあえて硬式を選んだ。理由は「やるからには本気で神宮を目指してみようと…」。硬式の球で初めてキャッチボールした時のことを服部匠監督(53)は「とても回転のいい球を投げていました」と振り返る。
 性格の自己分析は「技術オタク。とことんやるタイプ」。野球に飢えていた分、今は貪欲に研究する。理にかなったフォームや配球を学ぶため本を読み、動画サイトでは米メジャー、ドジャースのエース左腕・カーショーらの映像を時間の許す限りチェック。学んだことを練習で試すうちに、野球の魅力にはまった。
 「投手はマウンドで試合を左右するじゃないですか。バレーのリベロは拾うだけだけど、野球の投手は打者と相対して、自分の力をみせることができる。今は野球を選んでよかったと思います」
 将来の夢はプロや社会人などでプレーを続けること。まずは最上級生の4年生として実力を出し切る。「自分の限界がどこにあるのかをつきつめて、今しかできないことや今できることをしっかりやりたいですね」。高い志を胸に秘めて、松田はリーグ戦のマウンドに立つ。 (川越亮太)
 ▼松田亘哲(まつだ・ひろあき)1997(平成9)年5月16日生まれ、愛知県江南市出身の21歳。176センチ、83キロ、左投げ左打ち。江南高時代はバレーボール部に所属。名大入学後から硬式野球に取り組み、1年秋のリーグ戦で初めてベンチ入り。背番号は13。大学では経済学部経済学科に在籍している。

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