本文へ移動

2度外れたボクサーの道…直筆の手紙でプロへ導いてくれた師に誓う"鈴鹿の閃光"日本タイトル奪取

2020年2月26日 00時50分

このエントリーをはてなブックマークに追加
5月のプロデビューを控え「市野会長(左)に恩返ししたい」と意気込む村上仁

5月のプロデビューを控え「市野会長(左)に恩返ししたい」と意気込む村上仁

鈴鹿市出身・ボクシング村上仁(22)

 地元タッグでリングへ―。ボクシングの村上仁(22)=三重県鈴鹿市出身=が5月、地元の市野ジムから、ウエルター級6回戦でプロデビューする。2度もボクシングから離れた村上を引き戻したのは、子どもの頃から指導して才能を買っていた市野将士会長(43)だった。「日本タイトルを取って、会長に恩返しする」とジム初の快挙を目指し、第一歩を踏み出す。
 今どき珍しい直筆の手紙が、プロの世界に導いてくれた。ところが、どれだけ大切に保管されてるかと思いきや、村上は「人生を変えてくれた会長の直筆なのに、どこにもないんです」と苦笑い。市野会長から「中身は覚えてるでしょ」と突っ込まれると「たしか『ずっと待ってるぞ』とか…」としどろもどろ。三重県鈴鹿市出身同士の師弟コンビは、独特の距離感が魅力だ。
 小4で同市の別のジムでボクシングを始めた村上だったが、2年後に友人に誘われて陸上に転向。出稽古で指導した元日本ランカーの市野会長が「カウンターの間合いは天才的。センスを感じたので、素直にもったいなかった」という思いを込め、手紙を手渡した。
 熱意が通じ、中3の秋から市野ジムへ。三重・久居高時代は、部活とジムの“二部練習”で全国レベルのボクサーに。憧れだった世界4階級制覇のWBOスーパーフライ級王者・井岡一翔の母校の東京農大に推薦で進み、東京へ飛び出した。
 しかし、大学生活は「東京暮らしで満足してしまった部分があった」と村上。思ったような実績を残せず、学業との両立も苦痛に感じて3年かぎりで中退。アマチュアでの東京五輪出場の夢破れ、鈴鹿に戻った。
 何となく過ごす日々で、体重は4カ月で5キロ増の78キロに。自慢だった腹筋のシックスパックは隠れてしまい、危機感を覚えた中で思い浮かんだのがあの手紙だった。
 昨年10月、再び迎え入れてくれた会長から聞かされたのが、地元に近い津市でのジムによる興行。「知り合いに頑張る姿を見せたい。ここしかない」と73キロまで体を絞って今月、B級プロテスト合格を果たした。
 デビュー戦は5月11日。市野会長が、晴れ舞台に向けて考え出したニックネームは「鈴鹿の閃光(せんこう)」。聞かされた村上は「鈴鹿の2文字が大事ですね。まずは日本タイトルを取って恩返して、地元もアピールしたい」とニヤリ。大きな夢を抱き、ゴングを心待ちにしている。
 ▼村上仁(むらかみ・じん) 1998(平成10)年2月9日生まれ、三重県鈴鹿市出身の22歳。同市神戸中3年から市野ジムに通い始め、三重・久居高では2年で全国高校選抜大会のライト級3位、3年の国体はウエルター級で準優勝した。東農大時代を含むアマチュア戦績は46戦36勝10敗。173センチの右ボクサーファイター。

関連キーワード

おすすめ情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ