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考えるリニア着工 南アルプスに生きる(上) 大井川上流 思いは

2020年9月10日 05時00分 (12月22日 17時23分更新)
かつて住んでいた家がダムの建設で沈んだ井川湖で、船頭をする荒尾茂行さん=静岡市葵区井川で

かつて住んでいた家がダムの建設で沈んだ井川湖で、船頭をする荒尾茂行さん=静岡市葵区井川で

  • かつて住んでいた家がダムの建設で沈んだ井川湖で、船頭をする荒尾茂行さん=静岡市葵区井川で
 リニア中央新幹線の貫通が計画される南アルプスの麓、静岡市葵区の井川地区には二百九十三世帯、四百四十九人(二〇一九年度末現在)が暮らす。南アトンネルを巡る県とJR東海の協議は難航し、打開の糸口は見えない。工事現場の周辺は地下水位が大幅に下がると試算され、大井川の最上流部に生息するヤマトイワナなど生態系の破壊が危惧される。過疎化に悩む地区はリニアの代償として、静岡市中心部につながる道路整備という「果実」を手にし、水への不安を叫ぶ中下流域と一線を画す。戦後復興期はダム建設ラッシュに翻弄(ほんろう)され、今はリニア計画に揺れる住民たちは何を思うのか。

◆湖底の村「犠牲必要」

 静岡市の中心部から車で二時間ほど。山梨、長野県境にある井川地区は、年間平均気温が一一・五度と冷涼な山間地だ。
 縄文時代の土器や住居跡が発掘され、十六世紀には金山開発も進んだ集落の南側に、巨大な井川ダムはそびえ立つ。
 太陽の光を浴び、エメラルドグリーンに輝くダム湖は観光地でもある。年間一万人が訪れ、市による無料の渡船が運航する。
 湖の中心を、井川湖渡船の船頭、荒尾茂行さん(75)は指さしてこう言った。「あそこら辺かな。僕の家があったのは」
 大井川でのダムラッシュは明治時代にさかのぼる。中部電力がまとめた「大井川 その歴史と開発」によると、「越すに越されぬ大井川」の馬子唄で知られる豊富な流量と急峻(きゅうしゅん)な地形による落差、年間三〇〇〇ミリを超える降水量は、水力発電にぴったりだった。中下流域は台風のたび洪水が起き、治水も期待された。
 最大級の井川ダムは一九五七(昭和三十二)年に竣工(しゅんこう)し、井川村(当時)の全世帯五百五十戸の三分の一に相当する百九十三戸がダム湖に水没した。
 荒尾さんは小学五年生だった。中電が用意した新居に引っ越す直前、江戸時代から残る実家が取り壊される様子を見守った。少年はどんな心境だったのか。「葛藤? 早く新しい家に行かないとぐらいで、何も考えてなかったな」
 中学卒業後、「学がないなら働け」と父親の勧めで上京し、装飾品メーカーに就職した。休日には車で六時間かけて井川に戻った。「ヤマメを釣って食べるのが好きなんだよ。ここは自分に合っている」と語る。
 四十歳で地元に帰り、運転手として、ダム建設の作業員を運んだ。昨年七月に森林組合から紹介され、船頭となった。
 静岡市とJR東海は今年六月、井川地区の地域振興策として、JRが百四十億円を負担し、「県道トンネル」を新設する協定を結んだ。井川から市街地に通じる道は狭く、土砂崩れや積雪にも悩まされてきた。リニアの代償として二〇二五年度までに整備が決まった県道トンネルは、地元にとって積年の悲願だった。
 戦後のダム建設ラッシュに翻弄(ほんろう)された井川地区は、「何らメリットがない」(川勝平太知事)とされる県内で唯一、リニアの恩恵を受けるとも言える。
 冬の渇水期。ダム湖の底にかつての村が映る。なんとなくだが、実家の位置も分かる。懐かしい気持ちにはなるが、さみしさや恨みはない。
 ダムが建設され、大井川の氾濫はなくなり、中下流域の家庭に電力は行き渡った。「ダムのおかげで今がある。なかったら生活できなかった人もいたはず。今、同じことが起きても、同じ決断をする」
 リニア着工を巡り、水や生態系をどう守るのか、協議は続く。「自然も大事だが、国のため、大なり小なり犠牲は必要だよ」。風で波立つ湖面を見つめ、船頭は言い切った。 (広田和也)

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