元浜松市医師会長・大久保さん 救急医療「浜松方式」構築

2020年9月8日 05時00分 (9月8日 11時30分更新)
 浜松市医師会長と県医師会副会長を歴任した大久保忠訓(ただのり)さんが三日、九十八歳で亡くなった。浜松市独自の救急医療体制の確立や、県西部のドクターヘリ導入に尽力した。関係者は「何事にも熱心に取り組む方だった」と惜しんだ。
 大久保さんは東京都出身の外科医で、同市中区菅原町で開業した。市医師会理事だった一九七四年、全国に先駆け、市内七つの総合病院と診療所が連携して救急医療を担う「浜松方式」の構築に携わった。患者が病院をたらい回しされ、治療が遅れてしまう事態を防ぐための画期的な制度だった。
 九〇〜九六年、市医師会長。県医師会副会長を務めた九六〜二〇〇二年には、県西部のドクターヘリ導入を推進した。
 「浜松方式」を確立したメンバーの一人で、浜松医療センター名誉院長の内村正幸さん(87)は「立ち上げる前の四カ月の間、毎週話し合いを開き、皆が納得できる制度になるよう尽力された。協力を仰ぎ、皆を引っ張ってくれた立役者だった」と話す。「開業医として診療も熱心にされる方だった」と振り返った。
 大久保さんはプロ野球中日ドラゴンズの熱心なファンでも知られ、浜松後援会の会長、顧問も務めた。
 毎年二月、沖縄県北谷(ちゃたん)町でのドラゴンズの春季キャンプを訪問したり、シーズン中の夏場に静岡特産のメロンをチームに差し入れるためにナゴヤドームを訪れたりと、九十歳を過ぎても選手たちをじかに激励し続けた。 (細谷真里、広瀬美咲)

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