中世の馬車道跡を登山道に 「永平寺じょやま会」来年6月完成予定

2020年9月8日 05時00分 (9月8日 05時00分更新) 会員限定
これから整備する馬車道跡の開始地点に立つ(左から)酒井繁実さん、柳原さん、河野さん、酒井秀和さん=永平寺町谷口で

これから整備する馬車道跡の開始地点に立つ(左から)酒井繁実さん、柳原さん、河野さん、酒井秀和さん=永平寺町谷口で

  • これから整備する馬車道跡の開始地点に立つ(左から)酒井繁実さん、柳原さん、河野さん、酒井秀和さん=永平寺町谷口で
 地元住民や県内外の歴史ファンらが訪れる永平寺町の城山(四七三・八メートル)に、中世の馬車道の跡を活用して登山道を整備する計画が進んでいる。山の整備に取り組み、計画を進める「永平寺じょやま会」のメンバーは「歴史ロマンあふれる登山道にしたい」と意気込む。 (坂本碧)
 地元では「じょやま」と呼ばれ、近くの志比小学校の校歌に歌われるなど親しまれる山。山頂の一・八ヘクタールに遺構が広がる山城は、一帯を治めた波多野氏が南北朝時代に築いたものとされ、県指定史跡になっている。現在のルートは、地元住民らが階段を設けるなどして五年前に整備した「こもれび散歩道」がある。白山や九頭竜川、晴れた日には日本海まで見通せる眺望の良さが魅力だ。
 「じょやまには物資を運ぶ馬車道があったんだ」。会のメンバーの酒井繁実さん(71)=同町花谷=らは、地元の古老からそう聞かされて育った。麓の波多野家の館と山城をつなぎ、武器や食料を運んだという。だが実際にその道を見たことはなかった。
 昨年十二月、会のメンバーで山を調査し、所々途切れながら続く約一〜二メートル幅の溝を発見。馬車道と推測した。本格的な登山道の開設を望む声もあり、馬...

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