<歴史に学ぶ>(35)後世へ126センチの教訓 愛知・西枇杷島署

2020年9月7日 05時00分 (9月7日 05時01分更新)
浸水位標を見る片岡和紘さん(右)と藤村洋一署長=愛知県警西枇杷島署で

浸水位標を見る片岡和紘さん(右)と藤村洋一署長=愛知県警西枇杷島署で

  • 浸水位標を見る片岡和紘さん(右)と藤村洋一署長=愛知県警西枇杷島署で
 二〇〇〇年九月十一日から十二日にかけて起きた東海豪雨。愛知県警西枇杷島署の署長室には、豪雨が襲った時に浸水した水位の高さを示す浸水位標がある。
 東海豪雨では、新川の堤防が約百メートルにわたって決壊。名古屋市西区や同県西枇杷島町(現清須市)が濁流にのまれ、愛知県を中心に死者十人、浸水家屋約七万棟の甚大な被害が出た。同署がある旧西枇杷島町は、全世帯の約六割にあたる約四千世帯が床上浸水した。
 浸水位標は、その記憶を後世の警察官に伝えるため、当時の署長だった片岡和紘さん(79)=同県美浜町=が、豪雨被害のすぐ後に設置した。床から高さ百二十六センチ地点の壁面に横線を引き、「東海豪雨 浸水時の安定水位」と記している。
 豪雨では、同署も一階が浸水。署員総出で無線機などを二階に避難させたが、人事記録や金庫にあった拳銃約二百丁、駐車場に止まっていた百台以上のパトカーとバイクのほとんどが水に沈んだ。片岡さんは「当時は防災意識が低かった。常に災害への意識を高く持って職務に従事してほしい」と強調する。
 近年、各地では豪雨被害が頻発する。東海豪雨から二十年。藤村洋一署長は「有事の時に警察官は一番頼りにされる存在。風化させないように語り継いでいきたい」と力強く誓う。当時を知らない署員も増える中、浸水位標は「備え」への重要性を静かに訴えている。 (稲沢通信部・牧野良実)

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