清洲飛行場建設の証言新たに収録 あま市教委冊子25年ぶり改訂

2020年9月4日 05時00分 (9月18日 15時26分更新) 会員限定
冊子「甚目寺飛行場」の改訂版の表紙を示す近藤さん=あま市美和歴史民俗資料館で

冊子「甚目寺飛行場」の改訂版の表紙を示す近藤さん=あま市美和歴史民俗資料館で

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 あま市教育委員会は戦時中に活用された「清洲(甚目寺)飛行場」についての情報をまとめた冊子「甚目寺飛行場」を、二十五年ぶりに改訂した。 (深世古峻一)
 清洲飛行場は本土空襲に備えた迎撃基地として、一九四四年十月に、現在のあま、清須市境に完成した。九五年に旧甚目寺町教委が制作した冊子には、飛行場建設の経緯や、日本軍関係者の証言、当時の写真などが掲載されている。
 戦後七十五年に合わせて作成した改訂版は、全七十二ページ。昨夏に市教委の職員らが聞き取った、飛行場建設の際に学徒動員された、旧制昭和中学(名古屋市)元生徒の男性四人による証言を新たに収録した。
 作業中に機銃掃射に遭い、標的となるのを避けるために、白いシャツを脱いで防空壕(ごう)に逃げ込んだ経験談や、ノミやシラミに悩まされた兵舎での不衛生な生活など、生々しい証言がつづられている。同席した県立杏和高校の生徒たちによる、感想文も掲載された。
 改訂版の編さんを主導した、あま市美和歴史民俗資料館の近藤博館長(51)によると、元生徒の四人は、唯一、現存する飛行場の史跡である作戦司令室跡(同市石作)を訪問。「帰ってきたぞ」と戦跡に触れながら、涙を...

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