<EYES> フォトジャーナリスト 安田菜津紀さん 「豊かさ」の裏側

2020年9月3日 10時14分 (9月3日 10時15分更新)

福島県大熊町野上、小塚川の傍らにある「捨石塚」

 福島県大熊町、帰還困難区域の山間に、「捨石塚(すていしづか)」と呼ばれる塚が残っている。戦時中、ここには製炭試験場が設置されていた。全国から集まった実習生は、地元に戻る前、川の石を携え「お国のために捨て石になる」と石を積み、それが後年「捨石塚」と呼ばれるようになったのだ。
 試験場では、海に面する「磐城飛行場」の兵士たちも働いていた。この飛行場では太平洋戦争末期、特攻の訓練が行われていたため、彼らもまた、仲間への鎮魂と供養の気持ちを込め、海辺の石をここに積んだ。1945年8月9日と10日、飛行場とその周辺は米軍の猛烈な機銃掃射を受けている。2011年3月に事故を起こした東京電力福島第一原発用地のおよそ3分の1が、この飛行場の跡地だ。
 『残しておきたい大熊のはなし』という本に、当時の経験者の証言などをまとめた鎌田清衛さん(78)は、震災前梨農園を営んでいた。その農園は現在、原発事故により発生した汚染土壌などを保管する中間貯蔵施設となっている。「できれば自分の土地も、中間貯蔵施設にはさせたくなかった。けれども国は住人に対しての大義名分を作ってくる。“福島のためですから何とかしなければ”と」。
 歴史をひもとくと、この地に度々不都合なものが背負わされてきた構造的な問題が見えてくる。そこから享受する利益を、私たちは「豊かさ」と呼べるのだろうか。
 <やすだ・なつき> 1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)他。上智大学卒。TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

◆NPO法人Dialogue for Peopleのサイトはこちらから。

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