別当薫さんの思い伝えたい 尾鷲の記念碑保存会が生誕100周年行事

2020年8月25日 05時00分 (8月25日 11時56分更新) 会員限定
別当さんの銅像の前で尾鷲野球少年団のメンバーにボールを手渡す浜口さん(左)=尾鷲市営野球場で

別当さんの銅像の前で尾鷲野球少年団のメンバーにボールを手渡す浜口さん(左)=尾鷲市営野球場で

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 プロ野球選手として初のトリプルスリー(打率三割、三十本塁打、三十盗塁)を達成した尾鷲市ゆかりの別当薫さん(一九二〇〜九九年)の記念碑保存会が二十三日、同市営野球場で生誕百年の記念行事を開いた。 (三沢聖太郎)
 別当さんは本籍が尾鷲市朝日町。兵庫県の甲陽中から慶応大、社会人のオール大阪を経て四八年に阪神に入団した。五〇年に毎日(現ロッテ)に移籍し、トリプルスリーを達成。五四年からは毎日で外野手兼任の監督として指揮を執った。近鉄(現オリックス)や大洋(現DeNA)、広島の監督も歴任した。
 市営野球場には、バットを腰の辺りで構える独特の打撃フォームの実物大の銅像と記念碑が立っている。九九年に市民有志らが、全国のファンからの寄付金で作った。翌二〇〇〇年には記念碑保存会が設立し、年に三回、銅像と記念碑の清掃活動を続けている。現在の会員は約五十人。
 記念行事では、会長の浜口幸也さん(64)が「尾鷲の野球に役立ててほしい」とあいさつし、保存会から尾鷲野球少年団と尾鷲中学校野球部に野球ボールを五ダースずつ贈呈。県軟式野球連盟尾鷲支部には三万円を寄付した。ボールを受け取った野球少年団の子どもたちは「練...

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